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カモンカモンカモンカモン

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 そんなこんなで喫茶店の店内に誘われた。

 軒先に突っ立っていた時には、まさか入店の機会を得られるものだとは思ってもみなかった。

 想定していなかった事態に、キンシはソワソワとした心持ちを抑えきれないでいる。


「うう、喫茶店なんて、ほとんど利用したことないですよ……」


「あら、ずいぶんとさみしい生活スタイルを送っているのね」


 魔法使いの少女の緊張ぶりをにこにこと眺めている、モアは彼女に喫茶店を勧めるような台詞を発している。


「この灰笛(はいふえ)で暮らしていて、コーヒーやモーニングを楽しめないのは、人生の五割を透明に過ごしているのと変わりないのよ?」


 モアは謎に「透明」の部分を丁寧に発音しながら、キンシの緊張を解きほぐそうと試みている。


「せっかく休憩するのだから、もっとリラックスしなきゃ。そんなガチガチの体でお休みする人なんて、あなた以外どこにもいないわよ?」


「そ、そう言われましても……」


 緊張感を解きほぐすことを求められている。

 しかしながら、キンシはその要求にどうにも、どうしようもなく上手く答えることが出来ないでいた。


「今は……曲がりなりにも、お仕事の途中なんですし、あんまり気を抜いてしまえば、なにか……大切なことを見落としてしまいそうで……」


 不安がっている魔法少女に、励ましのような言葉を投げかけているのはシイニの声であった。


「キンシ君よ、迷っている時こそ寄り道を考えてもいいと手前は思うよ」


 子供用自転車の姿をしている彼は、己の石に基づいた自動にて、前後の車輪を店内にて器用に操っている。


 その姿に戸惑いを覚えているのは、何もキンシだけに限定されている訳ではなかった。


「い、いらっしゃいませ」


 入り口を通過した人間の姿を探知した、喫茶店のアルバイトと思わしき男性がキンシ等の姿を視界に認めていた。


「えーっと、お客さまは何者、じゃなくて、何名様でしょうか?」


 キンシとは別の種類の人間であるらしい。

 男性アルバイトは彼らの正体を窺うようにしている。


「あ、あ、あの……えっと」


 警戒されていることは目に見えるほどであった。

 キンシはさらに動揺し、相手にどの様にして安心に値する情報を提供できるのか、脳みそを懸命に活動させている。


「魔法使いが二人、魔女のお嬢さんが一人、子供用自転車さんが一人……いえ、一台でしょうか?」


「あと、キャワいい女の子が約一名ね」


 キンシの言葉尻を、モアが若干強引に奪い取っている。


「ぼ、ぼ、僕たちは! 喫茶店で休憩するために、ここに入店しました!」


「あ、はあ、そうですか」


 さながら喫茶店に生まれて初めて入店した、山出しの田舎もののごとき緊張の具合に、逆にアルバイトの方が困惑を深めているようであった。


「えっと、ではこちらのお席へどうぞ」


 どうやら男性アルバイトの方が、魔法少女よりも先に冷静さと理性を取り戻していたらしい。


 男性アルバイトは、正体不明の怪しい魔法少女を簡単かつ簡素に観察する。


 魔法少女の姿。

 若干サイズの合っていない、黒地に赤いラインの走るスカジャンのようなシルエットの上着。

 その下には、白色のシャツと思わしきインナーが見える。

 暗い色のホットパンツの下側に伸びる細っこい両足は、黒色のニーハイソックスで肌を隠している。

 爪先には、これまたどうにもサイズが大きすぎるような、ずっしりとした重みを感じさせるエンジニアブーツのようなものを履いている。


 上着といい、ブーツのだぼだぼ具合といい、どことなく他人の借り物のようなアンバランスさを感じさせる。


 だが、男性アルバイトはファッションのちぐはぐさよりも、もっと気にすべき事項をその視界に見つけ出しているようであった。


「お客さま、その左手……」


 男性アルバイトが、一応客にあたる魔法少女を店内に案内する。

 その動作の途中にて、魔法少女に質問をしようとした。


「はい?」


 座席に座ろうとした、キンシが男性アルバイトの質問に反応を返そうとした。


 だが、少女が確かな言葉を繰り出すよりも先に、


「いえ、何でもありません」


 とりあえずのところの、直観的な危機察知能力を発揮した、男性アルバイトは問いかけそうになった言葉を急ぎ取り消している。


「どうぞ、ごゆっくり~」


 触らぬ神にたたりなし。

 流石に神とまでは行かずとも、男性アルバイトはとりあえずの所、目の前の危機を脱することに成功していた。


 さて、無事に席に着くことが出来た魔法少女ご一行。

 キンシは相変わらずソワソワとした様子であった。

 見慣れぬ店内を左右上下に、ケーキフィルムに付着したクリームを舐めとるかのように眺めまわしている。


 艶出しを施された木材を基調とした建築に、ペンダントライトのオレンジ色を帯びた暖かみのある光が店内を包む。


 キンシは座席の上で姿勢を整えながら、ワインレッドのクッションの柔らかさを尻に、手の平に感じ取っている。


「さて、と」


 キンシから見てちょうど対面する位置に座った、モアが先んじて机の上に話題を切り出していた。


「それで? あなた達はなにを目的として、町の往来で議論を白熱させていたのかしら?」


 モアは明るい茶色の、艶やかな木材の机の上に肘をつく。

 フリルがあしらわれた長袖の先、白魚のような指先が顎に触れ合っている。


 少女の指先を追いかけながら、キンシは問いかけられた事柄についての返事を考えようとする。


「議論と言うほどのことは、してませんけれども」


「なに、よくある話だよ」


 少女たちの会話に介入してきている、シイニはモアの隣にて、子供用自転車の姿を椅子の上に預けている。


「魔法使いに、個人的な依頼を頼んだ。依頼の成功に合わせて、それ相応の報酬を約束した。取引はすでに成立している」


 傍から見れば、喫茶店の座席に子供用自転車が一台、雑に置かれているようにしか見えない。

 シュールレアリズム作品よろしくの唐突な風景のなかで、しかしてシイニはあくまでも平坦な音程にて、自らの事情を簡素に語っている。


「とはいえ、どうにもこの人気魔法使いさんたちは、どうやら手前の件よりも先にもっと高い報酬を払ってくれる依頼主さんを抱えているらしくてね。その一軒が早く終わるように、手前は手伝いのつもりとして同伴させてもらったわけなんだが」


「ふんふん、そうだったの」


 シイニが語る事情を、モアは興味深そうに聞き入れている。


 視線を自らの左側に認めている、横顔から金色にきらめく睫毛のかすかなふるえがよく見えた。


「でもねえー、今日同行してみて色々と分かったけど、手前、ちょっと不安になってきてねえ」


「え」予想だにしていなかった評価に、鳩が豆鉄砲を食ったようにしているキンシ。


 魔法少女の動揺をよそに、シイニは一方的なレビューを続行させていた。


「この調子だと、手前の依頼が無事に達成させられるのは、一体いつになるのやら。いまからちょっと不安だよ」


 シイニにしてみれば、とりたてて声色を暗くするわけでも無く、軽い冗談のつもりでしかなかったのだろう。

 しかしながら、キンシにしてみれば客の評価はかなり真面目なお題目であった。


「ぼ、僕としては、もちろん、両方の依頼を分け隔てなくしっかりと達成したいと思ってますよ!」


 緊張と不安で唇が、口内の舌がもつれる。

 たどたどしい口調でも、キンシは懸命に自分の、魔法使いとしての有用性を主張している。


「落ちついて、キンシちゃん」


 動揺しているキンシを、なだめているのはメイの声音であった。


「そんなに机に身を乗りださなくても、獲物はそう簡単ににげたりしないわよ」


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