君が望むのならナスにでもなろう
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まるで巨大な機械群から、己の正当性、有用性の有無を求められたかのような、そんな心持ちであった。
事実、ルーフから見てみれば、マヤと言う大人は依然として未知なる対象でしかない。
口調の激変も踏まえて、ルーフは自分を宝石店の店内に誘おうとする、彼の事をまだ強く疑っているのである。
「お客さまは」
「な、何だよ……」
ルーフが身構えている。
緊迫感とは相対をなすかのように、マヤは落ち着きはらった様子で魔法使いの少年に質問をしている。
「お客様は、もしかしてN型の人間でございますでしょうか?」
きき慣れぬ固有名詞がなんの前触れもなく登場した。
「は、え……?」
唐突な質問にルーフが戸惑っている。
「N型」とはなんであったか?
頭の中で検索をする。
……記憶が瞬間的に明滅する。
星々の瞬きのように、映像は祖父の形を作りだす。
「N型の人間っていうのはつまりだな、お前さんみたいに普通の形を持った人間の事なんだよ。
例えば、斑入りみたいに獣の耳や目を持ったりだとか、あるいは亜人種みたいに三角に尖った耳を尖った耳を持ったりだとか。そういう特別性、個別性を持った人間じゃないやつら。魔法も魔術もなにも使えそうにない、普通の人間のような奴らの事を言うんだよ。
……え? さっきからやたら言ってる普通の人間って何なのか?
あー……そんなのは、自分で考えろ」
…………。
「お客さま?」
「……あ」
記憶を検索していた。
ルーフの耳元に現実、現時点での会話相手であるマヤの声が一方的に届けられている。
どうやら記憶を検索している最中にて、白昼夢のような状態におちいってしまってたらしい。
記憶の中、思い出の中に再生された祖父の声。
そのリアリティの高さゆえに現実に戻ろうとするルーフの意識を無意識の中に、しつこくまとわりつかせている。
「……」
ルーフが意識と無意識のなかでせめぎ合いを行っている。
熾烈なな戦いは、しかして傍から見ればただ虚空を眺めてボンヤリとしている風にしか見えなかった。
「お客さま!」
見かねたマヤが客人の、ルーフの背中を激しく叩いている。
バッチィイイインッ!!
「痛ッたあ?!」
とんでもなく強引な、物理的な作用にルーフはたまらず意識を現実に戻さざるを得なかった。
「何すんだッ!」
衝撃を通り抜けた後には、ビリビリと電気風呂のように直接肌を刺激する痛みが残されている。
たまらず涙目になりそうになっている。
そんな魔法使いの少年に対して、マヤは特に悪びれる様子もなく、淡々と事実を伝えていた。
「いえ、突然白目をむいてぼんやりとしていらっしゃったものですので、何かに憑りつかれていたらお客様のバイタルに支障がきたすと思いまして」
「ンなわけねェだろ! ちょっと気が抜けただけだっての! 第一、白目なんかむいてねェし……」
「いえ、むきにむかれておられましたよ?」
「……え、マジで?」
マヤとルーフが、とりたてて特別でもなんでもなさそうなやり取りを交わしている。
「白目とか赤目とか、そんなのどうでもいいんだけどさあー」
彼らのやり取りをそれとなく聞いていた、エリーゼがごく自然な素振りで会話に介入してきていた。
「N型の人間を久しぶりに見るとか、マヤ君、キミもうちょっと外とか出かけた方がイイんじゃないの? 引きこもってばかりいると、色々と早死にしちゃうよ?」
「うるせェな、余計なお世話だっつうの」
親戚から向けられた心配事に、マヤはいったん業務的な口調を解除してしまっている。
「おれがこの店を空ける訳にはいかねえんだっての、そういうことだっての」
マヤはそれらしい事を言っている。
とは言うものの、その様子は母親や姉、あるいは妹に痛いところを追及されたかのような揺らぎをそこはかとなく滲ませていた。
動揺しているマヤに、エリーゼはすかさず追加の攻撃を発射させている。
「ほら、そう言っているけど、お肌なんか日に当たらなさすぎて、スライムみたいに鮮やかな緑色みたいになっちゃいそうよ、ほらほら」
踊るかのような、軽やかな足取りでエリーゼがマヤに近づく。
そしてそのまま流れるような動作で、エリーゼはマヤの右頬をツンツン、と人差し指で突っつき回している。
急接近してきた、若い女魔術師の姿にマヤは、とりたてて拒絶感を抱くわけでも無く、為すがままとなっている。
「あー、やめろやめろ、お客様の手前だぞ」
「いいじゃないのおー、知らない仲同士じゃないんだしいー」
「あーうぜぇ。まったく、今日一日はゆったりダラリとしてよっかなって思ってたのに、どうしておれはいま、こんな面倒なヤツの相手をしなくちゃならねェんだよ」
エリーゼの指を払いのけながら、マヤは今日の予定が実行されなかったことに関して、文句を呟いている。
強くは拒絶をしない。
のは、おそらくマヤにとっては、エリーゼの嫌味が日常に近しいものでしかないということ。
そのことの表れなのかもしれない。
親戚同士のやり取りを見上げながら、ルーフはマヤの皮膚の色についてを考えていた。
自分が人種の事を聞かれた、その影響なのかもしれない。
ルーフは、マヤと自分の耳の形や肌の色が異なっていることに、好奇心を抱き始めていた。




