外見は内面の一番外側
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ルーフは目的地についてを、目でしっかりと観察している。
その店、「コホリコ宝石店」は確かにそこに存在していた。
灰笛と呼ばれる都市を構築する一部、建造物の中にひっそり潜むように息づいている。
二階建ての、コンクリート材を基調とした建物。
建築様式は周囲の建物となんら変わりの無い、風景に自然に溶け込む造りがなされている。
どこにでもありそうな建物。
何の変哲もない、普通の店のように見える。
ただ、ルーフが気になっているのは、その店のさびれ具合であった。
疲労感……とでも言うのだろうか? 不規則な生活に翻弄される細胞のように、疲れ果てた面持ちが店全体を支配している。
まず看板の摩耗具合が顕著である。
元々は鮮やかな赤色にプリントされていたであろう、大きなゴシック体の文字は風雨によってすっかり色あせている。
色褪せた看板から視線を少しずらす。
店をさらに観察する、そうすると、さらに店のさびれ具合がより子細に確認することが出来る。
店全体の雰囲気が、今にも周囲の風景と共に、無個性となりそうな。
看板の文字のように、雨と風に希薄なものになってしまいそうな。
巨人か神か、女神か天使でもいい、なにか強大なものの暴力の前に、いとも簡単に吹き飛ばされそうな。
ちょっとした刺激だけで、跡形もなく崩れ落ちてしまいそうな……。
弱々しさ、と呼ぶべき印象が、その店の外見情報のほとんどを占めていた。
とにかく古ぼけている。
人間の気配など感じられそうにない。
辛うじて、店にシャッターは降りていない。
……故郷の町でよく見た、店員も利用客も誰も来ない、死んでいるように眠っているシャッター街とは、そこだけが決定的に異なっていた。
「営業は……しているみたいだが……?」
玄関だけは開かれている。
入り口が存在している、足を踏み入れれば入店することが出来る。
「うーん……んんん……?」
店の前で立ち往生しながら、ルーフは次の行動を迷っている。
店には、入ることはできそうだった。
未知なる場所に進もうとする。
そのために、ルーフという魔法使いの少年は、いくらかの勇気を必要としていた。
「…………」
手段を辿るかのように、ルーフは視線を後方に移す。
振り返った、そこではミナモとエリーゼが軽い会話を交わしているのが見えていた。
「んっふうー、ひさしぶりに翅を使って直接空をを飛んだから、なんだか、体のよく分からないお肉がシクシクと痛む気がするうー」
エリーゼが大きく背伸びをしながら、背中の翅を雨の中に冷やしている。
飛行をした分、稼働しただけの熱をもっているのは、普通の人間の筋肉となんら変わりはないようである。
若い女魔術師の、魔法の翅が雨粒に冷やされていく。
その様子を見ながら、ミナモは自らの魔法の道具を手で操作している。
「ええやんか、体動かした方がダイエットにも効くんとちゃう?」
ミナモが冗談めかして言っている。
その内容に、エリーゼが敏感そうな反応を返していた。
「あれ? アタシ、もしかして太った?」
「んー、胸を中心的に上半身がちょっとムッチリ、って感じやね」
バイクのエンジンを止めながら、ミナモはエリーゼの脂肪の量についてを簡単に予測している。
「どーせ、ファストフードばっかり食べて、栄養バランスとか生活習慣とか、おざなりにしとるんとちゃう?」
「う! うう、耳が痛いっす」
ミナモからの指摘に、エリーゼは三角にとがる耳を指で塞ぐ素振りを作ってみせている。
ルーフの持つ聴覚器官のそれと異なる形を持つ耳。
エリーゼの耳は指で隠しきることが出来ずに、三角のとんがり部分が指の隙間からはみ出ている。
「あかんよ、ほんまに」
のらりくらりと躱そうとしているエリーゼに、ミナモはため息交じりな注意を付け加えていた。
「エミル君にとっても、エリーゼちゃんは大事な後輩なんやから、もっと体を労わらんと」
なんだかまるで、実家に久しぶりに帰ってきた姉妹のことを気遣うような、そんな様子であった。
「…………」
彼女たちのやりとりを遠くに見ながら、もう一度宝石店へと視線を戻している。
すぐ近く、歩いて三十秒もかからぬ距離。
そこで行われている彼女たちの柔らかな、いかにも平和そうなやり取り。
それとは打って変わって、ルーフの目の前に存在する建造物は、依然として未知なる恐怖をそびえ立たせ続けていた。
「さて、と……」
彼女たちにも頼るわけにはいかない、ルーフは自分一人だけの力で、未知なる店舗に足を踏み入れようとする。
すたすた、と近付く。
店の前に立つ。
軒先、そこには商品と思わしき「何か」が陳列されていた。
まるで八百屋や魚屋のように、商品と思わしきそれらが並べられている。
ルーフは膝を曲げ、屈みこみながら商品? に指で触れている。
「……何だこれ? ビー玉か?」
指でつまみ上げた、それは透き通る石のような、なにかであった。
「ずいぶんと、安っぽいもの置いてんだな」
周囲に誰もいないことを前提として、ルーフは思ったままの感想を口にしている。
素直で純粋な言葉、子供じみた言葉。
「誰が安っぽい店じゃい!!」
それに、真っ向から否定の声を発する人間の姿があった。




