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ハッピーエンドは不認可です

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

ご感想、心より感謝いたします!

 胸が当たるか当たらないか、どうしてこのような事で悩まなければならないというのか?!


 ルーフの悩みを知ってか知らずか、エリーゼはさらに体を寄せてきている。


「なーに? いきなり鼻息を荒くして、なにか良いことでもあったの?」


「良いことがあるっていうか、あったっていうか……」


「あるいは、これからおきるって感じ?」


 理屈は理解できなくとも、感情の揺れ動きだけは察することが出来ている。

 ルーフの動揺っぷりをただ楽しむかのように、エリーゼはさらに顔を彼の方に近づけている。


「んー? んんー? もしよろしければ、お姉さんに秘密を打ち明けてもいいのよー?」


「や、やめろ……! 顔を近付けるな、耳の穴に息を吹きかけるな……ッ!」


 近づいてくるほどに、エリーゼの身に着けている衣服の匂い、気配が濃密なものになっていく。

 少し甘い匂いがする、のは、香水か、あるいは化粧品が放つそれなのだろうか。


 ……いや、それ以上に、今やほぼ完全に女魔術師の胸部はルーフの背中に密着しきっている。

 危惧していたこと、もしくは期待していたといっていいかもしれない。

 待ちかまえていたはずの感触は、期待以上の心地良さ、柔らかさと膨らみが存在していた。


 ふんわり? ふっくら? ぷにぷに? ぷよぷよ? ふわふわ? ふるふる? ふくふく? ふにふに?

 ふかふか? ぷるんぷるん? ぷよんぷよん? ぷかぷか? ふーかふーか? ぷちぷち? ぷに?


 考えられる限りの、心地良さを表現するための言葉を考えようとする。

 だが、そのどれもが現実の前に大きく座す二つの双丘に相応しい意味を持たなかった。


 心地良いと、そう思うと同時に、どうしてだろうか? 強い罪悪感が胸の内を占める。


「離れてくれ」


 罪の意識に耐えきれないのは、ルーフの頭の中に一つの強いイメージが圧迫感をもたらしているからだった。


 乳房の質感、柔らかさ、脂肪の厚みを感じれば感じるほどに、ルーフはメイのことを……妹のことを思い出しそうになる。

 女と触れ合いながら、この世で一番愛している(おんな)のことを思い出そうとしている。


 それはとても浅ましいことだった。

 少なくともルーフはそう信じている。

 信じきっている。


 己の欲望の前に、抑制が刃物を研いで意識の皮膚を切り刻もうとしている。


 いや、この痛みは、苦しみはすでに刃物が振り落とされた後の、結果に相応しい鎮痛のはずだ。


 そう思い込む。

 そうすることで、ルーフは自らに納得を付加させようとしていた。


 そうでもしなければ、罪の意識に、妹のイメージに、紙ッペラのようにぺしゃんこに押し潰されそうだった。


「心臓がドキドキしている」


 ルーフの耳元にエリーゼの囁き声が聞こえてくる。

 若い女魔術師は、魔法少年の右耳に吐息と声を吹きつける。


「見た目以上に、お肉が少なくて、骨と皮しかないじゃない」


 後ろから抱きしめるように、エリーゼは自分の体とルーフの背中を、より一層密着させている。


「もっとお肉とか、たくさん食べた方が良いんじゃないかな?」


「健康診断とか……あんたは医者か何かか?」


 ルーフは精一杯の皮肉を相手に食らわせようとした。

 だが少年の放った攻撃は、エリーゼに何の意味も与えなかった。


「心臓の鼓動がすごい、まるでマグマみたい」


 やたらと臓器の起動に興味を持っている。

 エリーゼの指がルーフの背中越しに、腹部へと至り、上へ上へと滑るように移動する。


 ゆっくりとしている、指の動きはミミズだとかナメクジなどの蠕虫(ぜんちゅう)のようだった。

 緩慢な滑りはしかして、さして時間をかけることなくルーフの左胸、心臓の鼓動が上下する位置へと到達している。


 左胸、乳首がある位置より少しずれる、体のほぼ中心。

 皮膚と肉、骨の下に鼓動する赤い臓器。


 その動きを指で楽しみながら、エリーゼはルーフの動揺に直接触れるようにしている。


「心臓はこんなにもドキドキしているのに、顔色は真っ青だね、どうしてかな」


 エリーゼが疑問のようなものを向けている。


 それに答えのようなものを返しているのは、様子を見守っているミナモの声であった。


「そんなの、エリーゼちゃんがルーフ君をいじめているのが悪いんやないの」


 ミナモは何をしているのかというと、エリーゼと共に古城から現場に訪れた他の魔術師と、世間話のようなものをしているのであった。


「いやあー悪いですねえ。結晶体丸ごと頂いちゃって、そちらの取り分はほとんど残されていないやないですかー」


「いやいや、こっちにはこれだけの爪、魔力鉱物が残っていますからね」


 皮肉とも受け取れるミナモの言い分に、魔術師はとりたてて気分を害するわけでも無く、ありのままの事実をただ表明している。


「正直、結晶一つ分よりもこっちの鉱物の方が、量的にも元が取れて助かりますよ」


 魔術師はそう言いながら、怪物の死体から生えている爪に視線を落としている。


 魔術師が見つめる先、そこでは怪物の体から生えていた、長く細い爪が鈍い銀色を放っている。


「正直、エリーゼの方は結晶体を持ち帰らないと、個人のステータスの向上につながらないから、あんなにも執着しているってだけなんでね」


 魔術師が、後輩である若い女魔術師の事情についてを簡素に語っている。


「ちょっとちょっと! 先輩!」


 それに慌てた様子を返しているのは、エリーゼの声音であった。

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