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世界観を再現するチョコレート

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

ご感想、心より感謝いたします!

 マッチ一本火事の元。

 と言わんばかりに、怪物の死体を燃やす炎のすぐ横にて、魔法使いと魔術師が戦いの火ぶたを切って落とさんとしている。


 その様子を見ていた、ミナモが困惑しているように彼らの会話に介入してきていた。


「ちょいちょい、こないなところで言い争いしとらんと、ほら? エリーゼちゃん」


 言葉による攻撃の応酬、それらを強引に中断させる必要性がある。

 というのも、実際の問題として炎が怪物の死体をそろそろ完全に包み終えようとしているからであった。


「あらあら、いけないいけない、クッキーがそろそろ焼き上がりそうだね」


 冗談めかしたことを言いながら、エリーゼはルーフから視線をそらしている。


「クッキー?」


 言い回しが何を意味しているのか、ルーフは少しだけ考える必要性に駆られていた。

 思考を巡らせる、答えはすぐに導き出されていた。


 ルーフが見ている先、そこでエリーゼは怪物の死体を燃やす炎に指をかざしている。


「あ、おい……」


 今しがた自分の肉を焦がそうとしていた炎に、若い女魔術師が触れ合おうとしている。


 つい先ほどまで自分の事を怪物だと表現していた、相手に対してもルーフは反射的に心配をしそうになっている。

 それはただ単に、他人の体が炎によって焦がされるという、惨事を目にしたくないという拒絶感を源泉とした衝動にすぎなかった。


「……あれ?」


 だが、ルーフが心配した事象は現実に起きることは無かった。


 燃え盛る青い炎に触れ合っている。

 エリーゼの右腕は、燃焼することなくその実態を保ち続けていた。


「燃えてねえ……!」


「そりゃそうやって」


 予想していなかった事態に吃驚(きっきょう)しているルーフに、ミナモが平坦とした声音で事情を簡単に解説している。


「怪物の肉を燃やすための魔力を込めた炎やから、よっぽどの例外でもない限り、人体には無害なんよ」


「よっぽどの例外……か」


 まだ熱の残滓にヒリヒリしている自らの指先を見ながら、ルーフはミナモの語る事情を情報として受け入れようとしている。


 彼女たちが語る「よっぽどの例外」が、今まさに、自分の目の前にある。

 というよりは、自分自身がその例外に組み込まれている。

 現実が、ルーフにはどうにも信じ難いものとして、受け入れ難い現実として心の中に重苦しく鎮座していた。


 ルーフがひとり、自分の存在について落ち込んでいる。


 その間に、少年に全く構うことなく、エリーゼは炎の後始末を起こしていた。


「敬い申し上げる、敬い申し上げる」


 弔いの言葉を呟きながら、エリーゼは両の指を青い炎に向けてかざしている。


 すでに指先は炎の舌のメラメラとした先端に包まれ、撫でられている。

 エリーゼは少しだけ背中に緊張感を走らせながら、弔いの言葉を締め括ろうとしている。


「天におわすは御主(おんあるじ)、地の底には微睡(まどろ)む海原」


 どうやら決まり文句らしい言葉を用意しながら、エリーゼは炎のなかで指を重ね合せている。


 若い女魔術師の手の平に炎が集約される。

 熱、光、ゆらめき。

 青色を形成する全ての要素が、光となって魔術師の手の平に集まろうとしていた。


「……!」


 青い光が雨粒のそれぞれに反射して、一つの光源となっている。

 メラメラと燃える光を、ルーフは見逃さないように見つめ続けている。


 光が集中した。

 やがてエリーゼの手元に一つのきらめきが握りしめられていた。


 あれは……。


「あれは……リンゴか?」


 炎が消えた、あとに遺されているのはリンゴが一つであった。


 炎がすっかりまとめられて、怪物の死体は揺らめきと共に林檎、のような何かに変換されていた。


「魔力鉱物の結晶体ね」


 炎の残滓を全身に浴びながら、平然とした様子でエリーゼは手の中のリンゴをルーフに向けてポイッ、と投げていた。


「ほら! パース」


「うわッ?!」


 何かとてつもなく重要なアイテムであるはずの、リンゴが雑に自分の方に投げられてきていた。


 落とすわけにはいかない、という直感だけが瞬間的にルーフの思考を占領している。

 目で追いかけ続けながら、ルーフは赤色の艶めきを手の中に掴んでいる。


「ふぅー! ナイスキャッチ!」


「いや、危ねェだろうが!」


 右の手にリンゴを掴んだままで、ルーフは女魔術師に文句を叫んでいる。


「落としたらどうすんだよ」


「あらあら、落とさなかったんだからイイでしょ」


「結果論じゃねえか……クソ……」


 ルーフはいよいよ、目の前でヘラヘラとしている女魔術師への不信感を募らせている。

 

 文句を言いながら、それでもルーフの肉体は身近に存在している「結果」を敏感に感じ取っていた。


「くんくん、くんくん……?」


 鼻腔が匂いに反応している。

 匂い、甘酸っぱい香り。


 (かぐわ)しいそれの正体を、ルーフは視界のなかに検索しようとしている。


 どこにあるのか、この新鮮な香りは。

 

 探そうとして、しかしてルーフの肉体はすぐに答えを導き出していた。


「すごい匂い、だな……」


 自らの右手の中にあるリンゴ、……のような物体に注目をしている。


「そりゃあ、この怪物の魔力の結晶体だからね!」


 エリーゼが、無知なる少年に事情を説明している。


 だが、彼女の声とは別に、ルーフの頭の中では一つの記憶が再生されようとしていた。

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