マッチ一本呪いの元
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とりあえず普通の火ではないことは確かであった。
現に、ルーフが観察している先、エリーゼの指の間で炎はその形を当たり前のように維持し続けている。
これが普通のマッチの火であったのなら、とうに木の軸ごとエリーゼの指を、皮膚をこんがりと焦がしていたであろう。
「とかく、とにかく、死体ぃー、じゃなくてご遺体に、火を灯すよー」
ルーフの右眼球、藍色にきらめく視線が見つめている先。
視線の先端にて、エリーゼは特に何の特別性も無いままに、青い炎を怪物の死体に触れ合せていた。
若い女魔術師が左の手で小さく壁を作り、右の指にある青い炎が風で掻き消されないように、簡易的な保護をしている。
彼女に見守られながら、青い火はやがてその範囲を拡大させていく。
燃える、音は意外にもあまり聞こえてこなかった。
青い火が怪物の肉を食み、そのサイズがやがて「火」から「炎」と呼ぶにふさわしい範囲まで広げられる。
めらめら、めらめら。
地方都市の上、空の中。
上空を覆う分厚い灰色の雨雲。
そこから降りしきる雨の粒、水の質量に確かに触れている。
にもかかわらず、青い炎はそんな事実などまるでお構いなしといった様子で、己の存在をこの世界に主張し続けている。
怪物の死体。
ルーフが魔法の武器で心臓を破壊した、怪物の肉塊は今や青色の炎の塊に包まれている。
「…………」
もしかしたら、と思い、ルーフは指を前にかざしてみた。
ほんのささいな好奇心であった、もしかしたら熱を感じるかもしれない。
こっちは雨に濡れ続けていて、ちょうど体がわらび餅のように冷えて仕方がないのである。
ちょっとばかし……暖をとっても罰当たりにはならないだろうか。
なんといっても、この怪物、この炎という結果を作りだしたのは紛れもない自分自身なのだから。
謎の確信が、ルーフの胸の内に灯る。
まるでマッチの炎のように、やがてそれらは思い込みとなってルーフの体に動作を与えていた。
だが行為は、ルーフの想像の範疇を超える結果をもたらしてきた。
「……え? 熱い?」
熱を感じた。
次の瞬間には、ルーフの指先から全身の皮膚に強烈なる電流のような衝撃が走っていた。
「熱っつう?!」
「うわあ?! 何してんの?!」
ルーフの行動に驚いているのはエリーゼの声であった。
この場面に登場してから、初めて大きなリアクションを取っている。
若い女魔術師は急ぎ、ルーフの指を青い炎から離れさせようとしていた。
にわかに信じがたいこと。
愚かしいとしか思えない少年の行為に、エリーゼもいつもの飄々とした態度を継続することが出来なくなっているようだった。
「怪物の魔力を燃やすための炎なんだから、ルーフ君みたいに半分怪物そのものみたいなヒトが触ったら、冗談抜きでヤバいことになるっての!」
「そ、そうなのか……」
気を転倒させながら、エリーゼはとにもかくにも少年の体を青い炎から離れさせるために、右の腕で彼の腕をがっしりと掴んでいる。
己の存在が人喰い怪物ど類似している、あるいは同様である。
その現実を改めて再確認させられるよりも、ルーフは何故かエリーゼの様子に強く感心を抱きそうになっていた。
この女、のらりくらりとはしているが、他人の危機には一応このような心配を向けることが出来るのか。
他人からの感情の質量に、少年がひとり孤独に、静かに驚愕している。
そうしている間にも、青い炎は怪物の死体を燃やし続けている。
「くん」
匂いがした。
エリーゼに腕をガッチリ掴まれたままで、ルーフは鼻腔をヒクヒクと膨らませている。
「なんか、美味しそうな匂いがする……?」
ルーフが不思議そうにしていると、エリーゼが呆れたように溜め息を小さく吐き出していた。
「はあ、やれやれ、今しがた生命の危機に首を突っ込んだばかりだってのに、もう食欲の話をしているのかよ」
ルーフの腕を掴んだまま、エリーゼは確かに触れ合っている彼の存在を、どこか信じ難いものを見るかのようにしている。
「これだから、怪物堕ちってヤツは厄介なんだよ」
「そっちこそ、人を勝手にそんな風にカテゴライズするの止めてくれないか?」
特に気分を害したわけではない。
とは言うものの、正直な事を言えばあまり良い気分とは言えない。
ここまでの冷静さを保てるのは、自分自身の感覚が目の前の事象、燃やされる怪物の死体に注目しているからであること。
自分の認識を冷静ぶって識別しながら、ルーフはエリーゼの腕を静かに振り払っている。
「あらあら」
少年の視線が怪物の死体から外されている。
左右でそれぞれ色も、性質さえも異なってしまっている、そんな眼球に見つめられながら、エリーゼは特に気分を害す風でもなく受け答えだけをしている。
「事実を伝えたまでよ? カハヅ・ルーフ君。アナタは普通の人間とは異なっている、普通とは呼べそうにない、異形寄りの存在であることを自覚して欲しいところだよ」
「……そんなのは」
他人から指摘をされた、ルーフは自分の手の平を見つめる。
「……そんなのは、俺も十分わかっている、つもり……だよ」
自身を持てないままで、ルーフは魔術師に反論を試みようとしている。




