戻ろうか悩みはするけど
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エリーゼに指摘をされた。
ルーフはその時点で、ようやく自分が腕のなかに何を抱えているのかを思い出していた。
「来て早々、おっかなびっくりだったよー」
エリーゼは口でこそ恐怖心を主張しているものの、その様子、挙動はあくまでもリラックスしたものでしかなかった。
「ギトギトに使い込まれたアンティークものの魔法武器を、ぴちぴちぴっちなド素人少年が所持している。おまけに、その近くには魔法で撃ち抜かれたであろう、できたてホヤホヤの怪物の死体が転げ落ちている」
エリーゼは状況を端的に説明している。
まるで、そうすることによって、自分自身にも納得を結びつけようとしているかのようであった。
ルーフが黙って彼女の言葉を聞いている。
少年の無言の態度を、エリーゼは同意として受け取ったらしい。
パンッと、エリーゼは胸のあたりでかしわ手のように手を鳴らしている。
「まあ! なにはともあれ、まずは死体の処理から始めようかしらね!」
エリーゼが意気込んでいる。
「死体じゃなくて、御遺体と呼びなさいっての」
若い女魔術師に、先輩らしき別の魔術師が注釈を入れている。
なにはともあれ、魔術師たちの手によって怪物の死体が処理されようとしている。
「さてと、うちらはどないしようね?」
ルーフに問いかけているのは、ミナモの声であった。
「お店はもうすぐそこやけれど」
「どうもこうも……」
ミナモが全てを言い終えるよりも先に、ルーフの脳内では既に一つの目的を見いだしていた。
「俺が殺した獲物が、どんなふうにバラバラにされるか、気になって仕方ねえよ」
ルーフが好奇心を作動させている。
その様子を確認した、ミナモは少しだけ愉快そうに口元を上に曲げていた。
微笑んでいるミナモをその場に放置する。
そしてルーフは、魔術師たちが群がるところ、怪物の死体が落ちている場所に再び接近していた。
「んーっと……?」
二名ほどの魔術師の背中をかき分けながら、ルーフは怪物の死体に跪くエリーゼの姿を見ていた。
「…………?」
何をしているのだろうか?
ルーフは女魔術師の挙動を見守る。
「……」
少年の視線の先。
エリーゼは怪物の死体の近くに跪き、両手をぴったりと合わせていた。
唇は閉じられている。
まるで何かに祈るようにしている。
祈りの対象は、やはり怪物の死体に対してなのだろうか。
ルーフは予想する。
怪物の死体に祈りを捧げる魔術師の姿。
まばたきの合間、目蓋の裏の刹那な暗闇に、ルーフは想像を作り出そうとした。
「…………んー?」
だが、どうにも上手く想像することができなかった。
魔術師が、エリーゼが怪物の死体に祈りを奉じる、動作が連結しなかった。
もちろんそんなのは、ルーフの勝手なイメージに過ぎない。
現に手を合わせているエリーゼの姿が目の前にあるというのに。
そのはずなのに、ルーフの脳みそは祈りを拒絶していた。
魔術師は祈らない。
少なくとも動きを止めた怪物の心臓に、畏怖の感情を抱くことをしたい。
そう、先入観がまずもって介入してきている。
ただ単に個人的な想像でしかないのだろうか?
ルーフは自らの抱いたイメージに、追求をしようとする。
たまたま祈りを行っているのがエリーゼで、彼女の持つ現代慣れした様子が、怪物という非日常に相応しくない。
と、勝手なイメージだけが先走りしている。
だからこそ、想像に合致が届けられなかったのだろう。
そうなのだろう。
仮定を進めようとした。
ルーフの耳に、エリーゼの声が滑り込んできている。
「──」
なにかを唱えているらしい。
ルーフは音声の正体を掴むために、さらに足を前に進ませている。
「ちょ……ちょっと失礼……」
すでに後ろ側から静かに見守るどころの話ではなかった。
ルーフは魔術師たちの体を掻き分けて、エリーゼの姿をさらに詳細に観察しようとしている。
「おいおい、キミ、あんまり近づくと危ないよ?」
少年の行動に注意を向けているのは、エリーゼよりも年上の魔術師の声であった。
良識のある、少なくともルーフよりは遥かに良識のある大人からの注意であった。
だがルーフは聞く耳を持たなかった。
それ以上に、ルーフは目の前で行われている祈りの場を観察しようとしていた。
魔術師の注意を無視しながら、ルーフは祈るエリーゼの姿を凝視する。
「──る」
エリーゼの、薄いピンクにグロスが重ね塗られた唇が、ブツブツと何事かを呟いている。
唇の動き、そこから発せられる言葉の形をルーフは見る、聞いている。
「敬い申し上げる、敬い申し上げる」
両手を合わせ、まぶたはしっかりと開かれたまま、祈りの言葉だけが空間を満たす。
「天におわすは御主、地の底には微睡む海原」
聞き取れた、言葉の意味をルーフは考えようとする。
単語のそれぞれを意味立てて考察をしようとした。
「…………?」
だが現状のルーフの脳みそでは、単語のそれぞれを言葉として認識するのが精一杯であった。
とりあえず自分の知っている言葉、言語体系であることは理解できた。
しかしながら理解できたのはたったそれだけの事で、後は全くの意味不明でしかなく、ルーフはつい小首をかしげたくなった。




