同じリズムを繰り返す腹の底
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「うわッ?!」
急に自分の体に触れてきた、と思われる女の右腕に、ルーフはあからさまな拒絶感を現している。
瞬間的に限定された接触の恐怖が、少年の全身に緊張感を巡らせる。
身構えている、少年の緊張とは裏腹に、女魔術師の様子はリラックスしたものでしかなかった。
「うわ、じゃないわよまったく……。さっきからずっと、何度も何度も呼びかけているってのに、ろくに返事もしないんだから。自分の声が聞こえていないんじゃないかって。アタシはもう、不安になりそうだったわよー」」
ルーフに対する不満の意を表すために、あからさまな女言葉を使ってみせている。
若い女の魔術師は両手を少し上げて、「やれやれ」と言った風のボディランゲージを作ってみせていた。
「あ、えっと……す、すまない」
話しかけられていたことにすら気づいていなかった。
ルーフは謝る理由を実感できないままに、ただ静かな反射として謝罪の言葉を空読みしている。
形だけでも謝っている。
少年の言葉を聞いた、女魔術師は訝しむ様子を継続させている。
「なんなのよー、まったく」
少年に対する猜疑心を早くも高めに高めている。
そんな女魔術師に対して、ミナモが助言のようなものを送っていた。
「たぶんやけど、ルーフ君はエリーゼちゃんのことが知りたいんとちゃう?」
「え?」
ミナモの言葉は掩護射撃のように思われた。
だが実際には、ルーフはさらなる混乱をきたすばかりであった。
訳が分からない、そのさなかにて、どうやら女魔術師の名前がエリーゼと言うらしいこと。
ただそのことだけが理解の範疇に、飴玉一粒ほど組合わさった。
それだけのことであった。
「なるほど、ね」
ルーフが小さな理解を一粒ずつ拾いあつめている。
その間に、エリーゼの方では勝手に理解を至らせているようだった。
「確かに、ミナモの言うとおりかもね」
エリーゼはひとり納得を重ねながら、自分に関しての情報を開示している。
「自己紹介が遅れたわ、アタシの名前はエリーゼ。フルネームはコホリコ・エリーゼよ、よろしくね☆」
名乗りの後に、エリーゼは軽快にウインクをひとつ、少年に向けて放っている。
バチリ☆と放たれた一線を、ルーフは身に受けながら反応を返せないままでいる。
「なーに? せっかくアタシから自己紹介したっていうのに、なによその激ひくのテンションは」
エリーゼの要求をするような視線に、ルーフは慌てたように口を動かそうとする。
「あ……えーっと、俺の名前はルーフ。カハヅ・ルーフって言います」
「カハヅ……?」
エリーゼが少年の名前に関心を示している。
その間にも、ルーフは目の前の女魔術師に関する情報について、頭のなかで検索し続けている。
「やっぱり、あんたとはここで初めて会ったような、気がするんだが……?」
ルーフは首を左側に少し傾けながら、自らの記憶領域に再確認を行っている。
少年がひとりで思考を巡らせている。
そんな彼に対して、エリーゼはあえて多くを語ろうとはしなかった。
「まあ? 人間として会ったのは、ここがハジメテってことで、いいんじゃないかしら?」
納得がいかないルーフをひとり置いてけぼりにしたまま、エリーゼは作業を継続させようとしていた。
「さあて、さてさて? 今回の死体はどんな感じなのかしらー?」
エリーゼは懐から透明なビニール素材の手袋を取り出し、滑らかな動作でそれらを両手に身に付けている。
女魔術師の細い肩越しに、ルーフは今一度怪物の死体を眺める。
死んでいるもの。
間違いなく、つつがなく、自らの手で殺したばかりの肉。
細く長い、鈍い銀色を放つ五本の爪。
その中心では、かつて心臓が鼓動していたはずの肉の塊。
もう二度と鼓動することの無い、事実は紛れもなくルーフ自身の手によって作り上げたものだった。
知らない声、見知らぬ魔術師の一人が驚きを口にする。
「素人、一般市民がよくここまでの破壊をしたな。なあ、エリーゼ」
古城から配属されてきた魔術師の一人。
どうやらエリーゼにとって先輩に当たるらしい、魔術師は怪物が死んでいる事実が信じられないようであった。
「確認なんだが、通報された線は一般市民用のそれだったんだろ?」
「そうっすよー、それで間違いないはずっす」
先輩魔術師に対して、エリーゼは事実の再確認をしている。
「今のところはどこにも所属していない、ただの一般市民がこの結果を作り出した。ってことになるはずっす」
先輩魔術師に対する返事と同時に、エリーゼはルーフのいる方に視線を向けている。
彼女の、色の薄い瞳に見つめられる。
ルーフの肌に、他人の視線から与えられる独特の緊張感が滲み出る。
ひそかに身を硬直させている。
そんな少年に、エリーゼは視線を緩やかに固定させ続けていた。
「あー、でも、まったくのド素人って言われれば、それはそれで虚偽報告になりそうねー」
エリーゼの瞳がルーフから、彼が腕のなかに構えたままでいる武器に視点を移動させている。
「その武器、もしかして、……じゃなくても、ほぼカクジツにエミル先輩のモノ、なんでしょ?」




