殺す言葉はこれだけでいい
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ミッタのあくびを聞いた、ルーフは彼女のことを気にかけている。
「ミッタ、疲れたのか?」
「おう、魔力を半分も消費してしまったからの、くたくたのくったり、じゃあ」
ミッタはルーフの背中、襟首に掴まりながら、綿埃のように体をふわふわと浮遊させている。
「悪いがわしは、ここで少し眠らせてもらう……ふわ~あ……」
もう一度、先ほどよりもさらに質量の重たそうなあくびをしている。
「ミッタ?」
ルーフは灰色の幼女の名前を呼びながら、彼女にひとつ、問いを投げかけている。
「なあ、ミッタ……お前、さっきさ……」
だが、少年からの問いかけに答える声は、もう存在していなかった。
「あれ、ミッタ?」
ルーフはもう一度幼女の名前を呼ぶ。
だが、呼びかけても彼女からの返事は訪れなかった。
首を後ろにかたむけてみる。
そこには誰もいなかった。
どうやら本当に、ミッタは眠りについてしまったらしい。
実体を保つことが出来ずに、透明さのなかでゆっくりと眠る。
その自由さ、気軽さにルーフは少しだけ羨ましいものを感じそうになる。
少年が幼女を羨んでいると、バイクの運転席でミナモが彼に指示を出していた。
「そこの駐車場使うから、その後は徒歩でお店に近づこう」
そう言いながら、ミナモは慣れた手つきでバイクのハンドルを操作している。
車輪が小さな駐車場に停まる。
失ったエンジン音の上で、ルーフはバイクから身を降ろしていた。
「うーん、乗りっぱなしでちょっと腰が痛てぇや……」
ルーフは背伸びをしながら、今まで緊張で凝り固まっていた筋肉をほぐそうと、体を縦に伸ばしている。
筋と皮が伸びる、伸縮を終えた後に一息。
呼吸をした後に、ルーフなミナモの方に問いかけている。
「それで? 店ってのはどれなんだよ?」
結局のところ、ルーフは車上から目当ての店を見つけ出すことが出来なかった。
ルーフからの質問に対して、ミナモはただ単に知り得ている場所を指し示している。
「ほら、あれやって」
ミナモの人差し指が示す。
方向を追いかけて、ルーフは視線を直線状にたどる。
そこには建物の群れがある。
人の気配を感じさせない。
のは、ルーフにとって親近感を感じさせる部分がないこと、見知った場所ではないが故の疎外感から生じる視点で見ているからにすぎない。
「えーっと……どれだ?」
「ほら、ほら、お店の名前が大きく書いてある屋根があるやろ?」
ミナモの言葉に導かれながら、ルーフは該当するであろう場所を集中的に検索する。
目を凝らしてみる。
そのさなかでルーフは自らが抱いていた想像と、現実が大きく異なっているのを再確認させられていた。
「なんか、意気込んでショッピングっつうから、もっと派手で……ギラギラした場所でやるもんだと思ってたんだが……?」
「あら、このあたりだって一応建物がいっぱいで、賑やかな感じがせえへん?」
ミナモが主張している。
ルーフは彼女の言い分と、自分が見ている視界の認識の差に、静かに戸惑いを見せるばかりであった。
何度見ても、幾度となく確認してみても、そこにあるのは見知らぬ建物の群れと、物言わぬ道路の連続性ばかりであった。
しかし、それでもしばらくの内、何度も光景を確認していると、ルーフはやがてそこにひとつの文字列を確認し始めていた。
「あ、あれか……? えっと、コホリコ……?」
ようやっと見つけ出した。
文字列は当然と言えばそうなのだろうが、ミナモが指し示していた建物の群れの中に存在していた。
小さなビルとビルの隙間。
まるで落ち物パズルゲームの見落とされた空白のように、縦に長くぽっかりと背の低い建物がそこにはあった。
一軒家、のように見える。
外見上は少なくとも特徴の無い一戸建て、店名は軒先に伸びる店舗用テントに印刷されている。
少なくとも昨日今日制作されたばかりとは言えそうに無い。
古ぼけている、築年数十年かそれ以上、時間の経過を充分に感じさせる色褪せ具合。
元々は目立つ赤色であったのだろう。
それが今は雨水に滲み、くすみ、攪拌された色素が淡いピンクかオレンジかの、なんとも中途半端な色合いを放っている。
見るからに老朽化している看板。
であるが、しかして不思議なほどに記載されている宣伝内容、店名はハッキリと視覚に認識することが出来る。
「コホリコ宝石店」
読み取れた、店の名前をルーフは音読している。
ルーフが店の名前を呼んでいる。
それを聞いた、ミナモは意気揚々とした様子で、右の手の平で彼の手をそこに向けて引いて行こうとしていた。
「あそこに、今回とってきたこれを見せれば、絶対相手側さんも喜ぶはずやから」
ミナモはそう言いながら、左側の腕に抱えている爪をルーフに見せつけている。
大きな、鈍い銀色を放つ細長い爪。
それは人外の爪であり、今しがたルーフらが殺したばかりの、怪物の死体から回収した爪であった。
「いきなりそんなもん、押し付けられて困らねえのかな……?」
「困らへん困らへん、なんてったって、コレを扱うのが向こうさんの専門分野なんやから」
ミナモが自信たっぷりに宣言している。
彼女の右手の感触を手の平に、ルーフは爪を手に入れた経緯を頭の中に再確認していた。




