ダラダラとした会話劇
削除したい、
魔法使いが少年に囁く。
「僕は何も君という人間を一人、一人だけを助けたいがために助けることを行為したのではありません。もし貴方が」
彼がそろそろ自分のあって然るべき領域を侵されたことに嫌悪感を抱き始めるが、それでも若者は言葉を止めようとしない。
「誰かに無償の善意を与えられていると、宇宙の片隅程でも思い込んでいるとしたら、
それと同じくらい他人に親切を十分に与えられていると、
そう思い込んでいるとしたら。そうだとするならば、午前十時にたべるケーキのように甘ったるい勘違いだと、僕は敏感に主張します」
クソみたいに長ったらしい台詞の最初と中間を適当に受け流し、最後の方だけの言葉だけを脳に受け入れたルーフは、耳元に羽虫の如く漂っているキンシの唇の気配をじっと、慎重に感じ取りつつ反論を用意する。
「なんだよ、何が言いたいんだ」
多少の乱暴さも覚悟の上で、ルーフは呼吸を荒くしつつ自らキンシの体を手繰り寄せ、互いに顔面に身に着けている装飾具を接触させんが勢いで接近し合う。
「はっきり、そんな馬鹿みたいな言葉遣いじゃなくて、もっと解りやすい言葉で説明してくれよ」
間近に他人の、ルーフの顔面があることにキンシは今更ながら瞳に恐れを浮かべ、しかしそれでも退くことはせずにほんの一瞬の、短い時間で出来るだけ多くの酸素を取り込み、なんとか彼の要求に則した言葉を脳内で構築する。
「僕は魔法使いです」
ルーフが返事をする。
「ああ、それは知ってる」
キンシは言いたいこと纏める。
「であるが故に、貴方のような魔法を受け入れようとしない、知ろうとすることを受け入れようとしない人を。
世間の事も人との関わり合いも、
そのための手段を学ぼうともしない人が。魔法使いである僕は本当のところ助けたいとは思っていない、そのことをどうかご理解いただけたらと」
「ああ、なるほど………」
メイは少し驚いた。
正直なところ彼女にはキンシが結局何が言いたかったのか、全くもって判別することが出来なかった。
何か、何かに対して憤りを感じていることぐらい、それだけは魔法使いの表情から読み取ることが出来たとしても、それ以上の主張の詳細まではさすがの彼女でも解りかねている。
しかし兄は、ルーフは、
「お前の言いたいことは解った、そのことに関しては申し訳なく思っているから」
なんとあの彼が、つい先程まではキンシの言葉など全く理解できていなかった彼が、今はこうして魔法使いの珍奇な文法をそれとなく理解し、受け入れられているではないか。
ルーフはじっとキンシの目を見つめる。
「それはそれとして、俺の質問に対してはどう思ってんだ? 色々御託を並べていないで、さっさと質問に答えてくれよ」
妹が知る限りでは、彼はずいぶんと彼らしくなく相手の意見を深く落ち着いて聞き入れようとしている。
キンシもまた言葉を慎重に選択し、自らの意見を要格簡潔に述べることをする。
「僕は、えっと…………」
しかし上手く選ぶことが出来なかったのか、魔法使いは言いたいことを諦めてしまい、最終的にはおどけを取り繕い、
「まあ、何でもありませんよ。君が理解してくれたなら、それで十分です」
自分で自分の言うことがどうにも飲み込めずに、さっきまでの大胆不敵さとは打って変わって再び細々と、頼りない子供の雰囲気を取り戻してしまった。
「ああ………そう」
ルーフは酷く疲れた様子で、しかし同時にどこか晴れやかな気分に変化した喉元で終いの言葉をごくごく自然な動作として繰り出す。
「そういうことなら、まあ、俺が悪かったな……。多分」
少し重そうな仮面の下、疲労によってむくみ腫れぼったくなっている瞼を二秒ほど閉じ。
妹にも気づかれない程の、極めて量の少ない笑みを唇の端にこっそりと浮かべ。
「よし! わかった、インチキ手品師。お前の家に連れて行ってくれ」
何かしらの決定的な気分の要因により、一瞬にして己の内の鬱屈を一時的に振り払うことに成功した少年は、そこでようやく他人からの施しを受け入れる準備を完了した。
「やっとその気になってくれましたか」
キンシが普通の、通常らしき穏やかさのある口調を取り戻す。
「まったく、無能仮面君は気難し屋で困りますね」
「うるせえよ」
ルーフは何事もなさそうに微笑むと、ぼんやりと成り行きを見守っていたメイの体を軽々と抱え込む。
「きゃっ?」
なんら会話の展開が読み取れず、いきなり肉体から重力を奪われたメイはつい素っ頓狂な悲鳴をあげてしまう。
「お、お、お兄さまっ? ちょ、何をなさって………!」
メイの弱々しい反発などものともせずに、ルーフは何のためらいもなく妹の小さな体をちょうど、お伽噺に登場する王子様がするような方法で抱える。
「おお……! お姫様抱っこ、ですね」
メイの姿を見たキンシが何故かテンション高めで彼女の現状を解説する。
その唇の動きには、さっきまでの陰鬱さはまるで感じられない。
「カッコいいですよ、無能君」
「だまれ、インチキ手品」
彼らはお互いに棘のある言葉で、軽々と互いを貶しあった。
何だというのだ、とメイはどこか疎外感を感じながらも兄の腕の中で、それこそ「やれやれだわ」と呆れる。
消し去りたくなります。




