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ねえ、どこまでもいけそうだ

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 ルーフが発案した怪物の弱点について。

 ミナモはあからさまに驚き、目を大きく見開いて、その表情をルーフに向けて見せつけている。


「そうやね、そのとおりやね! さすがルーフ君、カハヅ博士のお孫さんであるだけの技量と知識量やね!」


「い、いや……その……」


 ルーフにしてみれば、ただ分かりやすそうな部分を弱点として定めたにすぎなかった。

 不必要なまでに賞賛を贈られているのに、ルーフは経験したことの無い感覚を覚えている。


 新品の子供用歯ブラシで鼠蹊部(そけいぶ)を撫でられるかのような、そんな感覚がルーフの脳に伝えられる。


 それは照れであり、ルーフはミナモの褒め言葉に対して、自分自身が狂喜乱舞一歩手前に舞い上がらんとしている。

 そのことを、まずは自覚する。


 存分に自覚した後、ルーフは努めて冷静さを保とうとしながら、今後の作戦についてを話そうとした。


「それだったら? さっさとあの弱点を狙ってぶち壊せば、とりあえずこの場は終わるだろ?」


 ルーフはミナモの腰に、自分の腕と腹部を密着させたままの格好でいる。

 そのままの状態でもう片方の腕右腕には、魔法の武器を抱えている。


 狩猟用ライフルによく似た形状をした、魔法の武器。

 つい先ほど、怪物の爪の一本を破壊したのも、この道具の活躍によるものであった。


 ルーフがその武器を腕の中に、再び攻撃のために構えようとした。


「ちょっとまって」


 だが少年の動きを、ミナモは言葉で短く制止している。


「なんだよ?」


 すでに頭のなかでは攻撃の準備を、怪物の心臓を破壊するイメージを作りつつあった。

 実行に移そうとした行為を止められて、ルーフは若干勢いを削がれた心持ちで返事をしている。


 少しだけ不満げにしている。

 そんな少年に、ミナモは構うことなく話を続行させていた。


「ヘタに近づくと、あんまり良くない気がするんよ」


「良くないって……具体的にどういうことなんだよ?」


 ミナモの言葉に、ルーフは難癖をつけるように質問をしている。


 今はそのような、曖昧な感覚の話などをするような場合ではないはずだ。


 そう思う。

 ルーフの視界に、ひるがえる灰色の姿があった。


「分からぬのなら、わしが直々に確かめてみせよう」


 それだけの言葉を一方的に告げる。


「ミッタ?!」


 灰色の幼女の姿、彼女の名前をルーフは叫ぶ。


 人通りの少ない、大通りから少し離れた道の上に、ルーフの叫びが虚しく響く。


 少年の叫びを聞きながら、ミッタは怪物の本体、と思わしき肉塊に急接近した。


 近づいた。


「あ   ああ」


 対象。

 それを怪物は獲物、人間の肉として察知したらしい。


 ぱちゅりり。


 柔らかく、湿ったものが動いた、音がした。


 音の方を見れば、怪物が口を開いているのが見えた。


 開かれているのは爪たちの中心点、赤黒い肉塊であった。


 バランスボールほどの大きさがある、遠目から見れば肉厚の梅干しにも見えなくはない。

 そんな肉塊に、横一線の空白が開け放たれている。


 まるで、すでに何かしらの刃物で横殴りにでもしたかのような、そんな具合の空間が生じている。


 それは怪物の唇であった。

 上下共にほとんど肉が確認できそうにない、あまりにも薄すぎる唇。


 唇の内側には、ずらりと白い歯が並んでいる。


 真っ白だった。


 産まれて半月ほど経過した赤ん坊に生える前歯二本のように、何ものにも怪我されていない純白。

 

 あり得るはずの無い、少なくとも「普通」の人間には不可能なレベルの白さ。


 実に真っ白だった。


 真っ白な歯が、前歯から奥歯にかけてずらりと、隠されることなく密集している。


 わずかのズレも許されることなく、さながら模造品のごとく均一に、丁寧に歯が並んでいる。


 完璧な歯であった。

 完璧すぎる、それ故に偽物と疑いたくなる程の完成度。


 もしかしたら、神に相応しいものを見た瞬間に、この様な疑いを抱いてしまうものなのだろうか?

 ルーフは考える。


 あまりにも神がかり過ぎている事象に、ペテンを期待してしまう。

 心理的逃亡、なんてものを、ルーフは怪物の歯並びに見出しそうになる。


 ……もちろん、今はそのような戯れ言にうつつを抜かす場合ではなかった。

 仮に考えるとしても、せめて灰色の幼女の無事を確認してからでも遅くはないはずだった。


「ミッタ!!」


 他所事を考えそうになる自信を否認するかのように、ルーフは幼女の名前を声の限り叫んだ。


 少年が叫ぶ。

 だがその叫び声を聞き入れるべき、本望の耳はこの場面に存在していなかった。


 急接近してくるミッタ。

 彼女の姿を確認した、怪物が素早く反応を示している。


「  あ   」


 鳴き声を一つ。

 かすかな音を発する。


 それが怪物にとっての思考、逡巡の時間であった。

 たったそれだけの動作で怪物は、怪物にとって必要な分のほとんどを理解し終えていたらしい。


「  ああ  あー」


 開いた口をさらに開ける。

 唇の端の両方が裂けそうになるのも(いと)わずに、怪物は目一杯口を開けていた。


「  あ あ     あーん  」


 口の奥、暗黒の喉もとから声が漏れる。


 音が消える。

 同時に、唇はミッタの体を巻き込みながら、ガブリ、と閉じられていた。

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