勘違いしないでよねっ![ツンデレ]
パソコンが好きなだけの、
「ンンンン(●‘₃’●)」
青年の腕によって安眠を阻害されたミッタは、人間らしい反応として不平不満を体全体で表現し始める。
じたばた、ジタバタと、メイの「魔法らしき」技術によってある程度の健康的な回復を果たした四肢が、容赦なくトゥーイの胴体と腕を攻撃し始める。
そこそこの凶暴さで子供らしくぐずりかけた幼子に、キンシが慌てて駆け寄る。
「おお、お、落ち着いてくださいミッタさん。大丈夫ですよ何もしませんよ」
トゥーイの腕の中、すっかり乾燥しきってパリパリになっている赤色の繭の中で、全身全霊をもって暴れ逃れようとする幼子に、キンシは精一杯の説得を試みる。
「どうか安心してお眠りください。大丈夫、あなたの身に何が起きようとも僕たちが何とかしてみせますから、お約束いたします」
まるで政治に関わる人間のする演劇的で現実味のない公約文を、キンシは何とかして相手に伝えようと話ながら身振り手振りを加える。
まだ言葉も碌に話せないオチビに何をどう言ったとして、はたして意味があるのだろうか?
ルーフは成り行きを見守る沈黙の中で疑問に思ったが、
しかし。
「ア、い!(’∀‘∩)」
ルーフが予測していた以上に、ミッタは素直に快くキンシとの約束事を受け入れてくれた。
学校の生徒が教師に向けてやるみたいに左手を一振り上にかざすと、それきり大人しくトゥーイの腕に身を任せきりにしてしまう。
「けっこうかしこい子みたいですね」
兄を見上げながら、メイが何故か少し嬉しそうにつぶやく。
「そうだな、昔のお前よりはイイ子っぽいな」
ルーフはほんの少しおどけた口ぶりで妹に返事をする。
メイはわずかに頬を赤らめて、唇をツンと尖らせた。
兄妹が家族ならではのささやかなやり取りをしていると、キンシがいよいよ張り切りを強めた息遣いで飲食店の外へ脱出の意を向け始める。
「さて! さーてさてさて、皆さん忘れ物はございませんか? 心残りは? 初恋の人への愛は、憶えていますか?」
「いや知らねえよ、何だそれ」
脈絡の見えない謎の掛け声にルーフが感情のないツッコミをいれた後、
「そう言うことならば、レッツらゴー」
キンシ、そしてミッタを抱えたトゥーイは勝手に兄妹に提供するための隠れ家へ、つまりは自宅へと移動を開始し始める。
メイも正直に彼らの後をついて行こうとして歩き出そうと、
したところで腕に反発を感じ、足を踏みとどめる。
「お兄さま?」
引力を感じる腕の先を辿ると、兄が怪物の死体から離れることなくその場に留まっているのが妹の瞳に映った。
「どうしたのですか?」
メイが疑問に思うと同時に、長距離の移動にむけて脚部の筋肉に熱を灯らせようとしていたキンシが、駆け足でルーフのもとに寄って来る。
「ムノッ……じゃなくて、仮面君、なにボーっとしてんですか。早く行きますよ」
棒立ちになっている少年を急かすつもりで、
そしてついうっかり「無能君」と呼びかけたのを誤魔化すつもりで、
キンシはわざとらしく漫画的な「走る」のポーズを作って見せる。
しかしルーフはキンシのポージングには全く目を向けることなく、
やがて口を開く。
「どうして」
「え?」
「どうして、そこまでしようとするんだ?」
少年が顔を上げる。
「どうして、お前は何も関係がないはずなのに、なんでそんなに楽しそうに他人に向かって善意を差し出すことが出来るんだ?」
じっと魔法使いの事を見つめ、睨みにも似た眼光の鋭さで、仮面の隙間から魔法使いの様子をうかがっている。
時間がないと、
余裕がないと、
自分がその事実に一番急かされ自覚している。
にもかかわらず、どうしても彼は完全な感情をキンシに向けることが出来ないでいた。
「俺達は……。いや、俺はどう見たって怪しい人間だろ」
兄の言葉に妹は瞳孔を拡大する。
お兄さま、お兄さま?
どうしてそんな、いきなり、酷いことを───
メイは兄の手を掴んでいない方の指をじっと、自らの皮膚が傷つくのも構うことなく強く握りしめ、己の爪がいよいよ皮膚を切り裂かんと。
しようとしたところで。
「はあ……、やれやれですね」
キンシは彼の言葉に全く動揺を見せることなく、いかにもあえてな、フィクション的動作を腕に作りながら首を軽く左右に振った。
「ホントのホントに、全くもってやれやれですよ。
遠い遠い異国の常識じゃあるまいし、他人に自分の心持を理解してもらおうなんて、そんな夢物語的願望を抱いてきたつもりは無くとも、こうも勘違いされるとやはり戸惑っちゃいますね。
困りましたな、これは困りましたパレード愉快に大行進ですよ」
文脈の流れも理由も解すことが出来かねるが、どうやらキンシはテンションが昂ぶっているらしい。
再び彼らの前で奇妙な文法及び語り口を披露しつつ、何一つとして敵意を抱くことなく兄妹の片方、兄に近づきかれの肩に右手を添える。
そして、少年がパーソナルスペースを侵害されたことを自覚するより早く、彼の耳元へ唇を寄せて魔的に囁く。
「止めてください。勘違いをするんじゃあ、ありませんよ」
特に取り柄もない子供だったのですね。




