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美しき少年よ笑ってくれ

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

ブックマーク、ポイント評価、感謝いたします!

 それは些細な違和感でしかなかった。

 ただの風の揺らめきか、雨粒のきらめき。

 あるいは、眼球内の濁りであると想定することも出来た。


「…………?」


 ルーフは考えようとする。

 少年の、瑠璃色にきらめく右目がそれを捉えていた。


「傷だ……!」


 ほんの少しだけ、考えたあとにルーフは見たものの呼称を選ぶ。

 ちょうど自分の真上辺りか、それとも幾ばかりか右に傾いた位置だったかもしれない。


 その空間、なんの物体も存在していないはずの空白。

 透明な空気の最中に、その「傷」は発生しようとしていた。


 灰笛(はいふえ)ないし鉄の国という、ルーフらが暮らしている国家、土地に多く確認される自然現象の一つ。


 空間に含有されている魔力が反応し合い、ひずみを生む。

 それによって生じた歪みを、古くから「傷」と呼称する。


 その名に相応しいように、カッターナイフのような小さな刃物で、指先を軽く掠めたかのような様子を見せる。

 そんな具合の傷であった。


 最初は五センチほどの大きさしかなく、それこそ本当の意味でただの見間違いとしか思えないほどの影響力しかなかった。


 今しがた、右目をおさえて痛みに悶え苦しんでいたばかりの少年。


 そんな彼がいきなり動きを止めて、右の目でまっすぐ空を見上げている。


「ルーフ君?」


 慌ただしい少年の様子に、ミナモが怪訝そうに彼の様子をうかがっていた。


「どうしたん──」


 だが彼女が全てを言い終えるよりも先に、空間に決定的な変化が訪れたのが先であった。


「────!!!!! ! ──      !!!!!」


 閃光がほとばしった。

 と思えば光の質量を凌駕するほどの、崩壊の音色が鳴り響いた。


「うわ?!」


 突然の耳を(ろう)する轟音に、ルーフは全身の筋肉を緊張させた。


 上空に固定させていた視線を外し、できるだけ体を硬く、小さくなるように身を縮こませる。


 爆発か?

 それともどこかで何かが崩壊したか?


 想像を巡らせる。

 考えようとする、その全ての想定にルーフは身の安全を検索しようとしていた。


 ミッタは……何かがあれば実体を薄くするなり、隠すなり、自分で対処できるだろう。


 であれば、ルーフはミナモのことを考える。


 彼女の身の安全を確保するためには、自分に何が出来るというのだろうか。


 ルーフはその答えを見つけられないでいる。

 現状、自分にはなんの術も持ち合わせていない。


 そんな思い込みが、薄墨のような絶望をルーフの心にまんべんなく滲もうとしている。


 少年がひとり、絶望にうちひしがれている。


 その間にも、空間に生じた傷は絶え間なく変化をし続けていた。


 キラキラとしたきらめきが、細かな粒となってルーフらの頭上から雨水と共に落下してきている。


 ルーフはそれを最初、雪のようなものだと、そう思い込みそうになる。


 だがすぐに、それが大きな見当違いであることに気づかされていた。


 ルーフの右目は再び上を見ている。

 空、傷が発生している空間。


 粒はそこから舞い散ってきているらしかった。


「……!」


 上空を再確認した、ルーフは目にした光景に驚愕し、瞳孔を大きく拡大させる。


 空間には傷が、そう呼称される魔力的反応が現れている。


 あいかわらずそれは絶望的なまでに当たり前のように、ルーフらの存在している空間の領域内に存在し続けている。


 しかも、絶望をさらに濃密なものにする、絶対的な変化がそこには現れていた。


「でかくなってやがる……ッ!」


 ルーフは声が震えないようにするのに精一杯であった。


 少年がブルブルと怯える声色で表現している。

 その言葉の通りに、傷はあからさまにその範囲を拡大させていた。


 どうやら先ほどの雷鳴、に等しき轟音は、やはり傷が発生源であるらしかった。


 最初こそ五センチ程度の、些細なものでしかなかった。

 傷は今、一気に三十メートルほどのサイズを獲得してしまっていた。


 ちょっとしたプール程のサイズがある。

 老朽化したアスファルトに寂しく走る亀裂のような、傷口は新鮮な中身を空気中にさらしていた。


 ただひたすらに驚愕しているルーフに対して、ミナモはどこか慣れきった様子で自然現象を見上げていた。


「これは、ちょいとばかしサイズが大きいね」


 ミナモは少しの怯えを濃い茶色の瞳に漂わせつつ、手の平で雨水を避けながら、傷の具合を客観的に判断している。


「して、その内に潜むものは、果たしてどんなものなんやろうね? ねえ、ルーフ君」


「……はえ?」


 急に話題を振られた。

 その唐突さに、ルーフは咄嗟に返事をすることができなかった。


「い、いや……そんなこと聞かれても、俺には何も分かんねえよ?!」


 至極まっとうな事だけ、ただそれだけを声に発している。


 おろおろとしている、ルーフに向けてミナモが少し呆れたように微笑みかけていた。


「アカンわー、アカンよルーフ君。魔法使いならこういう時こそ、もっとしっとりウェットに富んだツッコミをせな」


「いや、いやいやいや……?! ンなこと言われたって、目の前に傷があるのに冗談なんか言ってられっかっての!!」


 ルーフがミナモの無茶振りに困惑しきっている。


 そうしていると、開け放たれた傷口から何か、空間の粒以外の何かしらが、ポタリ、と落ちてきていた。

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