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ひとりで生きていけないよ

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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 傍から見れば、ルーフに訪れた変化は少しばかり奇妙なもののように映っていたのだろう。


「どうしたん、ルーフ君?」


 少年が急にもだえ苦しみ始めた。

 少なくともミナモからしてみれば、そのようにしか見えなかったらしい。


「どうしたん? お腹でも痛くなったん?」


 見るからに不調を訴えかけてくるルーフの挙動。

 さすがのミナモも好奇心と行動力の推進を一時停止させて、少年を労わる動作をどうにかして作りだそうとしていた。


 ワインレッドのレインコートを着ている、人妻がおろおろとルーフのことを心配している。

 それに相対を成すかのようにしているのは、ミッタの姿であった。


「おうおう、ようやっと気付きはじめよったか」


 なにやら意味深な事をいっている。

 しかしルーフは、灰色の幼女が呟いている事柄を追及することができなかった。


 それよりも、それ以上に痛みが時間の経過、秒針が刻々と進むごとにその存在感を増し続けているのである。


「ぐう……ぐうふううううッ……! 痛つつつ…………」


 心臓が鼓動をするごとに、血液が全身を巡るたびに、ズキズキと、ドクドクと、神経が電流を伴って集約する。


 電流の中心点、そこにルーフは自らの指をあてがっている。


 熱したフライパンを押し付けられているかのような、その感覚はどうやら右目から発生しているらしかった。


 痛みのあまり、衝撃は驚愕となって、瞬間的には涙を流す余裕すらもなかった。

 だが時間が経過するほどに、痛みが現実的な意味を伴って、ルーフの意識に未経験の恐怖を植え付けていく。


「痛てぇ……痛ってえよお…………ッ」


 悲鳴をあげそうになる。

 狂乱して、誰彼かまわず、みさかい無しに叫び声を、怒号をぶつけたくなる欲求に駆られる。


 しかし、そうしてはならないという、なけなしの理性がルーフの体を透明な、目に見ることの出来ない鎖によって緊縛している。


 暴れ狂いそうになる肉体を紙一重で抑制する。

 動きを止めている。

 意図的にそうしていると、より一層痛みが絶大な支配力を持ってルーフの意識を侵略し尽くそうとしていた。


 痛みは絶え間なくその形を変容させている。

 最初はさながら爆発の瞬間、衝撃波にさらされたかのような引力があった。


 その爆発が終わった後、あとに遺されたのは継続する不快感の潮騒だった。

 心臓の鼓動、血液の流れ。

 生命が活動する熱源が巡る、その感覚と同調をするかのように、シクシクとした痛みがルーフの右眼球の辺りに蔓延っている。


「…………ッ」


 叫び声を喉もと、舌の先端にて何とかこらえている。

 己の肉体が発しようとしている衝動をこらえていると、強引に生まれた空白を涙が埋め尽くそうとしていた。


 ぼろぼろとこぼれる涙。

 左目から流れ落ちる。

 塩分を大量に含んでいることが理解できたのは、透き通る雫がルーフの唇に侵入してきているからだった。


 塩の味は海の香り、海中の生物が死んでいくにおいを想起させる。


 生臭い。

 そう思っていると、ルーフは自分の顔面に別の感覚が流れ落ちているのに気付いていた。


「…………?」


 経験したことの無い感覚。

 しかし紛れもなく自らの体内から排出されている。


 ルーフはそれに触れる。

 流れ落ちるそれを顔面からすくい取った。

 人差し指に、ルーフは鮮やかな赤色を見つけ出していた。


 熟れた林檎のような赤色。

 新線に艶めくそれが血液であることを、ルーフは理解するのにそう大して時間を必要としなかった。


 血が流れ落ちている。

 どこから? 知らず知らずの内に傷でも負ったのか。

 だからこんなにも体が痛いのか。


 ルーフはそれらしい理由を見出そうとした。

 しかし、少年が期待した事柄は現実に寄り添おうとはしなかった。


「ご主人、右眼窩から血液が排出されておるぞ」


 現実を認めようとしないルーフに、指摘をしているのはミッタの声であった。

 灰色の、()()()()()()()()()()()幼女が見つめている。


 その視線は熱を帯びている。

 例えば恋愛感情だとか愛情表現だとか、分かりやすく人間らしい感情などは、そこには一切含まれていなかった。


「うんうん、相も変わらず、実に甘美なにおいをもつ血肉じゃ」


 そこに含まれているのは食欲。

 ルーフの肉体をムシャムシャと、歯で砕き嚥下したいという欲求だけがそこに存在している。


 異世界から転生してきたモノらしく、この世界に存在するすべての人間を喰らい尽くさんとしている。

 底の無い、果てることの無い食欲がミッタの、くすんだ銀色の瞳をキラキラと輝かせていた。


「やめろ、……自分のご主人をできたてのオムライスみたいに見るんじゃねえ……!」


 脈絡のない表現方法を選んでしまっているのは、ルーフ自身が強く動揺をしているからであった。


 痛みに苦しまされていることは、すでに体が自覚しきっている。

 今はそこに、さらに右目からの出血という要素が重なり合い、奇跡的なまでに意味不明な状況を作りだしていた。


 ドクドクと流れる血液。

 右目に、ルーフはあるものを見つけ出そうとしていた。


「…………?」


 唐突に視線が上に移動する。

 視点を移動させた。

 ルーフは自分の体が、この時点において右の眼球に支配されていることに気付いた。

 

 ただ、気付くだけだった。

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