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本当の理由は誰にも教えない

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

ブックマーク、ポイント評価、ご感想、感謝いたします!

 今までなんとなく考えていた事。


 例えば朝起きた時に朝日を眩しいと思う、その程度のストレスを抱えていた事。

 その事を、ルーフは特に理由も無くここで打ちあけている。


「なんつうの……? この雨が降っていると、息苦しくて仕方がないんだよ」


「ほうほう……?」


 ルーフがカミングアウトをしているのに、ミナモは興味深そうに耳をかたむけている。

 彼女の狸のような聴覚器官がこちらを向いている。


 それを確認しながら、ルーフは彼女に症状についてを語っていた。


「誰かに喉を絞められているっていうか、そんな……」


「あら、そんなにもはっきりとした拒絶反応があるん?」


 ミナモが瞳を丸くして驚くような素振りを作ってみせている。

 彼女のオーバーリアクションを見て、ルーフは何故か慌てるような心持ちで訂正を加えていた。


「いや……ちょっとだけ息苦しいっていうか? 魚の小骨が引っ掛かっている位の感じっていうか……」


 必要以上に苦しみを覚えていることが、どうにもルーフには秘すべきことのように思われて仕方がなかった。


 ルーフが言い訳じみた訂正を加えている。

 それをフワフワの聴覚器官に受け止めながら、ミナモはルーフの述べた事情の内容に深く思考を巡らせているようだった。


「なるほど、なるほど……。これはぜひとも、先方に伝えなくちゃならん内容やね」


「伝える……? 伝えるって何処の? 誰に……?」


 意味深な様子でこれからの展開を予想している。

 ミナモに対して、ルーフは何か未知なる体験を予期させる恐怖に震えていた。


 黄色い雨合羽(あまがっぱ)の下でビクビクとしている。

 そんな少年に向けて、ミナモは気分転換を勧めるような笑顔を雑にぶつけていた。


「まあまあ? まあまあまあ? 今からそない分からないことばっかに気分を暗くしても仕方あらへんって。元気出してこ! ほら!」


「いや、アンタが気分暗くなるようなこと教えてきたんだろうがよ?!」


 なんの悪びれもなく無茶振りをしてくるミナモに、ルーフは途端に回れ右をして帰路に着きたいという欲求に駆られかけた。

 のだが、しかしながら今のルーフには帰るべき家など、この世界の何処にも存在していない事に、自発的に気付かされる。


 雨に侵される身体に加えて、さらに気分が落ち込む事実を自覚してしまった。


「はあ……」


 ルーフはさらに気分を暗く、深くどろどろ、どろりとした何かしらに沈み込ませようとしている。


 そんなルーフをよそに、ミナモは好奇心に満ち溢れた様子のままで、次の行動に目指そうとしていた。


「そないなことより! 今は義足の仕組みの謎を解明できるように、専門家のご意見を賜ろうやないの」


 先の展開、期待に胸を膨らませながら、ミナモはワインレッドの長袖に包まれた右腕をルーフに向けて伸ばしている。


 ルーフの雨合羽をすり抜けて、ミナモの手のひらが彼の手のひらに触れる。


 感触。

 雨に濡れてひんやりと冷えている彼女の指は、ルーフが独り想像していたものよりも硬かった。


 まるで昔、祖父の研究室で触らせてもらった、野生の石灰岩のように冷たくざらざらとしている。

 あの時……あの時は、どうして祖父は自分に研究室の備品を触らせてくれたのだろうか?


 なんだったろうか……なんだったろうか、記憶を検索してみる。

 たしか何かしら、嫌なことが起きたのだ。


 ……そうだ、その日は雪が降っていて、ルーフは故郷に住む地元の子供と喧嘩をした。

 もののみごとに負けて、ボコボコに打ちのめされた。


 その帰り道。

 家に帰る道すがら、ルーフは泣きじゃくっていた。


 両の目からボロボロと涙を流し、鼻の穴からはダラダラと鼻水が垂れ下がっている。

 そんな状態で帰ってきた、ルーフを祖父は見かねてなぐさめようとした。


 だから、だからなのだろう。

 いつもは立ち入りを禁止させられていた、地下の研究室に入れてもらい、そこに保管されていたサンプル、石灰岩に触らせてもらったのだ。

 

 唐突に思い出していた。

 ルーフは冷たい女の指の感触から、あたたかな故郷の日々を再生させていた。


「ルーフ君?」


 突然遠くを見るような視線を向けたまま動きを止めていた、ルーフの瞳をミナモが不思議なものを見るかのようにのぞきこんでいる。


 アイスティーのような琥珀色をした左目がゆらゆら、過去のあたたかな記憶を眺めている。


 ズキン……。


「…………?」


 不意に訪れた、痛みをルーフは最初、ただの違和感としてしか受け止めなかった。

 気のせいであると。

 そよ風のように、通り過ぎればただの無意識の中に取り込まれて、跡形もなく消えていく。


 そういったものであると、そう思い込んでいた。


 いや、思い込もうとした、の方がこの場合真実によりちかしい。の、かもしれない。


 ズキンッ……ズキンッ……!


「痛、いたたたたッ?!」


 ほんの僅かな時間、三秒を跨ぐまでもない短い間。

 その間に痛みはより一層の深みを増して、ルーフの体を貫き苛もうとしていた。


 唐突過ぎる痛覚の出現に、ルーフは最初の瞬間こそ痛みの正体、出所さえも把握できないでいた。


 だが、少年はすぐに痛みの中心点を見出し、左の手のひらでそこに触れようとしている。

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