沈む自信を引き揚げて
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ルーフの叫びが室内にこだました。
その反響が消えて無くなるか、それよりも先に、ミナモが感嘆めいた溜め息を唇からこぼしていた。
「二人とも、元気いっぱいやねえ」
静かな声音で感激をするかのような台詞を口にしている。
ルーフとミッタを見ている、ミナモの瞳にはうっすらとした疲労の気配が見え隠れしていた。
「うちはアイディアが詰まっちゃって。うん……もう少しで決定的な何かが分かりそうな、そんな感じばかりに囚われちゃっとるんよ」
「それって……俺の使っている義足について、なのか?」
ルーフが予想をたてているのに対して、ミナモは軽いうなずきで同意を返していた。
「ここまで、喉元のここまで答えが出かかっているかもしれへんのよ」
ミナモはそう言いながら、指でトントン、と自らの喉を小さくつついている。
彼女の白い指が、より色素の薄い細い喉の皮膚に触れている。
視界に確認できる柔らかさを見上げながら、ルーフは彼女の悩みについて思考を巡らせてみた。
「俺も……モアからなんの説明も無しに、いきなりこの義足を押し付けられたからな……」
たしかに身に着けている、ここに存在している。
その筈であるのに、ルーフはたった今自らの肉に、未知なる物質が付着している。その事実に、今更になって奇妙な感覚を覚えそうになっている。
ルーフの琥珀色をした瞳が、自らの右足の代わりを担っている義足に向けられている。
少年の視線を追いかけるようにして、ミナモもあらためて義足を観察していた。
「モティマさんの最高傑作、直に触れることなんてそうそう無い機会やからね」
迷いににごらせていた瞳が、次の瞬間には好奇心のきらめきをキラキラと反射させている。
「なんてったってあの人の作るものは最高級品。うちみたいなド庶民には触れることすらままならんモノばかり、やからね」
ふむふむと一人うなずきを繰り返している。
ルーフはそんなミナモの、濃い茶色をした瞳を見上げ続けている。
「でもこうして、実際に本物を前にすると、なんや……緊張? みたいな感覚を覚えそうになるわ」
ミナモが胸の下あたりで腕を組んでいる。
密着した二本の腕に合わせて、彼女が着用しているシンプルな長袖のTシャツにしわが刻まれている。
「なんやろうね、あんまりにもすんごいモノを目の前にすると、実際にはただただ驚くばかりで、結局はなんにも分からないままで終わっちゃうのが、凡人の悲しい性なのかもしれへんね」
「あ、ああ……?」
どうやらミナモはショックのようなものを受けているらしかった。
いまさらになってその事実に気付いたルーフは、しかして、どうにも彼女にかけるべき言葉を見つけられないでいる。
「えーっと……その……」
思えば人をなぐさめた経験など皆無に等しい。
人に、主に妹や祖父になぐさめられたことは多々あれども、自分がそれに報いる行為をしてきたのだろうか?
こんな所で、まさか己の至らなさを自覚させられるとは。
予想外に自らの未熟さに打ちのめされている。
「せやから、この気持ちを中途半端に、なあなあにするよりも、もっと活用せなあかんと思うねん」
そんなルーフをよそに、ミナモは勝手に自らの感情の方向性を決めようとしていた。
「いやはや、うちもこの道に進んでだいぶ慣れきったつもりでおったけれど、こんな新鮮なヒリヒリとした感覚は久しぶりやで」
「ほう? 若人がやる気をだす場面は、なかなかに見物ではあるが……」
人妻がはりきってやる気をだしているのに対して、ミッタは微かな関心を寄せるように質問を投げかけている。
「して? 具体的にはどのような切り口で問題を解決するつもりなんじゃ?」
灰色の幼女に問いかけられた。
ミナモは、濃厚な麦茶のような色の瞳にきらめきを灯したままで、自らのささやかな計画を提示しようとしている。
「的確なご質問感謝やで! そうなんよ、だからこれからお出かけをしなくちゃあかんのよ」
「なして?」ルーフが素朴な疑問を投げかけている。
ポカンとしている少年に対して、ミナモはさも当たり前のことを伝えるかのように、自身に満ち溢れた様子で主張を続行させていた。
「家で延々、延々と、グツグツと動かずに脳みそを煮込み続けても、ロクな答えが出てこないやろ?」
「あ、ああ……?」
ここは相手に共感をすべきなのだろうか。
ミナモの主張を聞きながら、ルーフは相手の言葉に共感を検索しようとした。
ルーフがうなずいているのを見た、ミナモはさらに調子よく言葉を続行させている。
「せやから、ここは一発外に出て、新鮮な空気を吸うついでに……ちいとばかしお邪魔したいお店があるんよ」
「……お邪魔したいお店」
ルーフがミナモの言葉を放牧中の家畜のように反芻している。
少年が頬をモゴモゴと動かしている。
それを視界の下側に認めつつ、ミナモは主張に結論を導き出していた。
「そうなんよ。せやから、これから一緒にお出かけせえへん? ねえ、ルーフ君」
「……えっと……」
ルーフが答えあぐねている。
すると彼の左側から、ミッタが代わりと言わんばかりの声量にて、提案への返答をしていた。
「ええのう。お出かけ、お出かけじゃ! ええのう、ええのう」




