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お花君は嫌な予感がしている

大掃除、

 そうと決まれば善は急げ。

 とでも言うかのようにキンシは兄妹の反応を待つことなく行動を開始しようとする。


「さあさあ、お二方。ここからだとそこそこの距離がございますが、どうかご足労願いますよ」


 まずヒエオラ店長の方に向き合い、


「ヒエオラさん、そういうわけですので後の片付け始末等々は自警団の方々に丸投げしますので。色々と無責任であることを腹に収めつつ、どうか悪しからず」


 事の始末を完全に終えることなくこの場を去る無礼に対する詫びを、ごく簡単に簡潔に済ませる。


「ああウン、こっちのほうは後はどうとでもなるからサ。ご心配無用だよ」


 店長は話しながら床に寝っころがっている、もうすでに赤みも抜けきっている男性を気遣いながら魔法使いに向けて声を発する。


「あとは救助隊に任せれば、やることは特にないしネ」


 急速に行われていようとしている場面転換に、年若い店長は戸惑い音声に上ずった抑揚を含ませつつも、キンシの行動を快諾する意思を離れた場所から示す。


 キンシはそれを確認すると、店長からまだ視線を外さないままに声の方向をトゥーイへと変える。


「あともう一つご相談なんですが………」


「ン? 何かな」


 トゥーイのかわりに店長が答える。


 キンシはそこで一旦気まずそうにもじもじと床の方、すっかり熟睡しきっている人間の方を見やる。


「この方を、ミッタさんを僕の所で預からせては、もらえないでしょうか?」


 魔法使いからの意外な要求に、ヒエオラ店長は瞳に怪訝さを灯す。


「預かるって……、このチビッ子を君の所で世話するつもりなの?」


 疑問符たっぷりなヒエオラの問いかけに、キンシはあえて自信満々さを装って答える。


「ええそうです、その通りです。なに、ご心配には及びませんよ。住み家のスペースなら十分が過ぎるほどに足りていますし。ご飯も、お風呂も、寝床も、ポカポカに温かいのをご提供できますので」


 体の前で身振り手振りジェスチャーを作る若者は、どうやってもミッタと自らを名乗る幼子を自分のもとに連れて行きたいようだった。


「ンー………? でもなあ………」


 店長が知る限りにおいては、この青臭さを感じるまでに若々しい魔法使いが他人を自宅、

 とは名ばかりの住み家に招き入れること自体違和感を覚えるのに、それに加えて正真正銘見ず知らずな幼子の世話まで買って出るとは。


 何と言うか、言うべきなのか。


 気にすることなく、さらりと受け流してしまえばそれまでの事なのだろう。

 

 しかし他人を相手にし続ける職業を担ってきた人間の、不確かな直感らしき何かが違和感を耳の花へピリピリとした不快感と共に伝えようとしてくる。


 しかしこの感覚をどう言葉にしてよいものかすぐに判断できなかった店長は、


「だけど、ちゃんと医者に見せた方が………」


 いかにもそれっぽい現実的で他人行儀な理由しか述べることが出来なかった。


 実際、それぐらいしか言うべきこともなく。


「大丈夫ですよ」


 だからこそ、キンシ自らの意見を変更することもできず、


「この後のごくごく簡単な治療行為なら、こちらで対応できますし。いざとなれば───」


 キンシが誘導する視線の先にいる人物。じっとこちらの会話に耳を澄ませ、不安げに様子をうかがっている幼い女性の事を見て、ヒエオラの心の内に諦めが生じる。


「アア、そうだね。治癒魔法が使える人がいれば、ある程度の事は解決できるかな?」


 キンシが主張したいことを読み取り、ヒエオラは半分納得しつつ、やはり半分は疑心を拭い切ることが出来ずにいた。


 それは若人に事の成り行きを任せきることに関する老婆のような心配も、確かに含まれてはいる。


 のだが、それもあるが。それ以上に………。


 ヒエオラの聴覚、人間の耳があってしかるべき場所に生えている花弁がそこはかとなく、例えようもない不安をどうしても取り下げようとしない。


 何か、何か言っておかないと、このままじゃどうにも嫌な予感が。


 だがしかし。


「ソ、そういうことなら、お好きにどうぞ」


 これ以上の言葉は思いつきそうにない、そう判断し諦めたヒエオラは魔法使いが思うままに任せる、そうすることに決めた。

 

 魔法使いはヒエオラから向けられる表情、言の葉の抑揚などまるで気に掛ける様子もなく、ただ目の前に広がる行動への道筋を整えることだけに力を注ぐ。


「じゃあ、となれば、ミッタさんは僕が運ぶ方が………?」


 床で眠りこけている幼子に手を伸ばしかけ、すぐに思いとどまる。


「……それはちょっと危なそうですし……」


「そうであるならずっと昔に伝えに来た、私に」


 一時停止したキンシにすぐさまトゥーイが提案をしてきた。


「え、トゥーさんが運んでくれるの?」


 キンシが少し意外そうに青年の方をうかがう。

 

 青年は無表情で、ごく当たり前のようにミッタの背中に手を刺し込む。


「音色のように、美しき崇め奉りましょう」


 そしていとも簡単そうに、軽々と幼子の体を片手で抱え込んだ。


「頼りになりますね」


「有難うございます」


 いたって単純で、しかし不可解が有り余るささやかなやり取りが彼らの間で執り行われ、そして終了した。


 地面から、繭ごと動かされたミッタが微かに呻く。

疲れました。

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