挨拶、カラーリング、ペイント、メロディー
ご覧になってくださり、ありがとうございます。
ブックマーク、感謝です!
ミナモの指に絡め取られている、乳白色のそれがルーフの肌に触れていた。
トロリとした粘度を微かに放つ、透き通るクリームがルーフの肌、右足、その付け根の辺りに塗り込められた。
クリームが触れた瞬間、粘度が持つ冷やかさがルーフ肌を柔らかく刺した。
「つめた」
ルーフは思わず、誰に向けるでもなく正直な感想を唇の上にこぼしていた。
氷のように、ひんやりとしたクリームがルーフの表面をすべっていく。
ぬりぬり、ぬりぬり。
存在していたはずの冷たさは、しかしながら次の瞬間にはルーフの体温、体内を流れる血液の熱流が跡形もなく溶かし込んでいる。
「…………?」
クリームを塗られた、右足の付け根辺りにルーフは視線を落としている。
ちょうどそこは、ルーフが義足を身に着けている上で、強く違和感を覚えている部分でもあった。
毎晩、眠りを迎えるころに襲い掛かってくる痒み。
耐え切れぬほどの苦痛……と言えば、それはいささかオーバーな表現になってしまうのだろう。
症状を超簡単にまとめるとしたら、要するに肌荒れが起きているのである。
「相性の悪い魔力は、近付くと周りにとても嫌な影響をもたらすんよ」
そうルーフに説明しているのはミナモの声であった、
彼女は左の片手に、クリームが収められている容器を携えている。
視点を容器の方に向けながら、ミナモの顔を見ないままで、ルーフは彼女の語る内容についての追及をしようとした。
「嫌な影響って、具体的にはどういう……?」
だがそこまで言いかけた所で、ルーフはこの質問の無意味さに先んじて気付いてしまっていた。
気付いている、わざわざ聞くまでもない。
自身の右足、義足で補っている体の部分、そこに現れている症状。
それこそが、このクリームが登場した意味であり、原因とも称されるべき事柄であった。
「塗ったクリームは、ちゃんと全体にまんべんなく広がるように塗らんとあかんよ」
ミナモはルーフに簡単な指示を伝えている。
彼女に言われるがままに、ルーフは右足の付け根の辺りを指で揉みこむようにした。
両の手のひらで右足の付け根、まだ肉が残っている部分に触れる。
そうしてそこに付着したクリームを、炎症を起こしている区域に覆い被さるように拡大させた。
「……あ」
期待などしていなかった。
だが実際はどうだろう。
「痛み……痒みも、少し収まった? 気が、する……」
だからなのだろうか、ルーフはミナモから手渡されたクリームの効能が、早くも己の体に現れようとしている。
この状況に、ついつい驚きを隠せられなかった。
「どう? その絶縁体、効き目抜群やろ?」
ミナモが微笑みを口元に浮かべながら、効能の具合についてをルーフに確認している。
「ああ……」
彼女に問いかけれた、ルーフはそこにまず素直な感想を伝えるだけであった。
だが同時にルーフの頭の中にはこのクリーム、「絶縁体」と呼ばれる道具の不可解さ、疑いの念がより確かな形を伴って、思考のスペースを圧迫しようとしていた。
「でも、結局この絶縁体……? ってやつで、俺の中にある魔力と、モアの持つそれがぶつからないようにしたんだ、……よな?」
前提において、すでに持ち合せている情報を頭の中で整理する。
それはごくごく簡素なリスト作りにも似ている。
書き足していく項目は上から下まで、ずらずらと並べ立てられていく。
「絶縁体ってのが? 魔力と魔力がぶつからないようにする素材の事なんだよな」
「うんうん、そうやよそうやよ」
ルーフがブツブツとした声色で呟く、材質につていの情報にミナモはのんびりとした様子で同意だけを返している。
「だったら?」
彼女が自分の考えていることに、一応ながら同意を示している。
その状況を逃すまいと、ルーフはすかさず自分の意見を言葉の上に主張していた。
「この……今塗ったクリームで、義足の中の魔力と俺のソレが反発する心配性は無くなったんじゃないのか?」
絶縁体が必要ということで、それらしきものがすでにこの場所に用意されている。
であれば、どうしてミナモはわざわざ下着姿から……一番リラックスすることの出来る状態を解除しているというのだろうか。
彼女の行動の理由が把握できないでいる。
ルーフはそこに不安のようなものを覚えている、感情はまだ少年の意識の表面に主張してはいない。
だがそれも時間の問題だった。
いずれかは、あるいはもしかしたら秒を跨いだ次の瞬間には、ルーフは確かな不安を小石のように胸に抱えることになったのだろう。
「でもなあ」
だが少年が不透明な不安を覚えるよりも先に、ミナモの方から具体的な行動の提案が言葉として、彼に伝えられていた。
「この魔力遮断クリームも、ここにあるだけの分やと、ルーフ君ほどの重症に対応しきれへんのやって」
そう言いながら、ミナモは左手に持ったままだった容器の中身を、口の部分を逆さにしている。
中身はほとんど残されていない、空である。
言葉で説明されるでもなく、道具の状態から無言の内にルーフは状況について、またひとつ新たな情報を得るだけであった。
「お出かけをしましょう」
ミナモが、そう提案をした。




