どうせみんな腐って落ちる
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軽々しく自らの死、あるいはそれに近しい未来を宣告された。
ルーフはミナモのあまりにも余裕めいた言い方に、まずもって違和感しか覚えずにはいられないでいた。
「は、はああああああああッ?!」
ルーフは思わず自分の体を一歩前に進ませようとしながら、ミナモに対して詰問していた。
「ちょ、ちょっと待て! 今なんつった?!」
ルーフにせめ寄られた。ミナモの方は、平静かつ淡々とした様子だけで受け答えをしている。
「だから、その足……義足に残っているモアさんの魔力が膨大で、しかも、絶望的にまでルーフ君と性質が合致しない感じやから、そのままほうっておくと肉体の方が限界を迎えるんよ」
そこまで語ったところで、ミナモは少し考える素振りを作ってみせている。
「……うんん、すでにことは起ころうとしているわね。その証拠に付け根、痒くて仕方がないんやろ?」
柔和な口調で指摘をされている。
「…………ああ」
それに対して、ルーフは聞こえるか聞こえないか程度の、か細い声でしか反応できないでいた。
最初の勢いなどすでに遠い過去のようにしている、ルーフは自分の感情をうまく操作できないでいる。
事実を確認した上で、ミナモは早速と言わんばかりに、行動に移ろうとしている。
「あかんあかん、あかんよって。ルーフ君とミッタちゃんが腐って落ちるよりも先に、急いで絶縁体を探さなあかんのよ」
気になる事項をあえて隠すようにしている。
ミナモの様子に、ミッタはすかさず追及の手を伸ばしていた。
「その手にある容器には、なにかしらが収められていそうじゃな?」
ミッタがそう指摘をしている。
幼女の追及に、ルーフはそこで初めてミナモの手の中にある容器に、意識を至らせていた。
「なんだそれ?」
ミナモが持ってきた、横に広く縦に狭いそれは彼女片手に収まる程度の大きさしかない。
縦に短く横に長い、押し潰された円柱のような形状をしている容器には、商品として目立つカラーリングが施されている。
濃密な青、……ちょうどルーフの右目に刻みつけられている瑠璃色を想起させる。
目の覚めるような青が、内容物を守る外壁としての機能を主張しているようであった。
金属を加工されたものであると察したのは、ミナモの指先が容器に触れるたびに、カチリカチリと硬質な音が聞こえてきたからであった。
容器を携えながら、ミナモはこの物品の正体について語ろうとしている。
「これはやね、ウチのお婆ちゃんの、そのさらに前の前の前々、……とにかくずっと昔から伝わる傷薬なんよ」
そう説明をしながら、ミナモはしかして容器のふたをうまく空けられないでいる。
「うんん……! うーん?? キツくて開かないわ」
「手伝おうか?」
身悶えるようにして、全身の筋肉を硬直させている。
ミナモの方に、ルーフは親切心のなかで手を伸ばそうとした。
しかし、キュポンッ!
互いに密着していたものが乖離させられる、軽快なるメロディーのあと。
「あー、開いた開いた」
ミナモは、ルーフの手を借りるまでもなく、自力にて容器の蓋を開けるのに成功していた。
ルーフの善意が右手に灯り、行き先を失った行動の意味が虚空の中に漂い、消えていく。
「それは、何なんだ」
感情を置き去りにしたまま、それに丁寧に構う暇も無く、ルーフは早速容器の中身に関心を示している。
ルーフに問いかけられた、ミナモは容器の中身を見せつけるように受け答えている。
「これはね、自分の魔力以外が体に入ってこないようにする、クリーム状の絶縁体のようなものなんよ」
説明をしがら、容器を左手に携えつつ、ミナモはルーフのもとに素早く近づいてきていた。
接近をしてきた、彼女は肌の面積を大きく変化させている。
なんと言っても、下着姿とは比べ物にならぬほどの布面積がある。
にもかかわらず、どうして堂々と露出しているよりも、隠されている方にこそ価値を見出したくなるというのか。
ルーフは己の願望の方向性にただひたすらに戸惑っている。
少年が独り、己のリビドーの行方を見失ったまま、ルーフはいつしか右手に肉の感触を覚えている。
見ると、ミナモの指がルーフの右手に触れて、小さく丸く握りしめていた。
「まずはちょっとだけ、お試しやね」
「…………え?」
何のことを言っているのだろうか。
言葉の意味が理解できないまま、ルーフはただミナモの指の感触を感覚の上にたどっている。
指がルーフの右手から離れていく。
離れたミナモの指は、左手に携えていた容器の蓋に触れている。
蓋をくるくると回転させ、中に潜む内容物を指で柔らかくすくい取っている。
ケーキの上の生クリームのような質感を持つ、内容物をミナモはルーフの体に塗りこもうとしていた。
「ちょっとばかし、大人しくしてちょうだいね」
「な、何を……ッ?」
抵抗をしようとして、しかしてルーフはそれをうまく実行できなかった。
少年が行動を起こすよりも先に、ミナモの指は彼の右足の付け根辺りに触れていたからだった。
ミナモの指に絡め取られた、クリームがルーフの体に影響を与える。




