来て来て僕んちに
動くのならば、
「ちょいと待ってください」
いずこへ逃亡を図ろうとしている兄妹との空間に魔法使いが割り込む。
そしてトゥーイの唇から手を離し迷いも戸惑いも、躊躇いもない足取りで兄弟たちの元へと歩み寄ってくる。
「何だよ?」
急いでいるにもかかわらず無遠慮に呼び止められ、ルーフはあからさますぎるほどに苛立ちの濃い表情をキンシへと投げかける。
「悪いがこっちは急いでいるんだが」
棘のある声音で少年になじられてもキンシは至って平気そうにしながら、少年ではなくメイの方に視線を定めて一つ質問を投げかける。
「メイさん、貴方達はこれからどこに行こうとしているんですか?」
キンシからの真っ直ぐな質問にメイはつい戸惑う。
「えっと………、それはその……」
その問いかけに対し彼女は、そして彼女のそばにいる彼は答えることが出来ない。
単純な、率直な、明確な答えを彼らは見いだせずにいる。
「その辺については、………移動しながら考えるつもりだ」
果てしなくいい加減で、不確実で計画性のない答えをルーフはキンシに返す。
そうだったのだ、とルーフは改めて思い返していた。
平穏で平坦なる牢獄の如き故郷から、反旗を翻すつもりで決意を抱きこの町にまで飛び出してきたものの、しかしやはりこの見知らぬ都市には自分たちの身をかくまえる場所はない。
祖父が残した連絡先が走り書きされたメモ用紙、そしてスマホに登録されている感情のない位置情報、あとは駅構内の業務的な電子掲示板。
それらから与えられる情報以外に、ルーフはこの都市のことを何一つとして知ってはいなかった。
そんな情報の少なさで幼い妹を連れ立ちながらこんな、「異常」な場所に子供だけで訪れる。
その無計画さについては十分覚悟の上で、理解して、飲み下してた。
そのはずだった。
だったのだが………。
いざこうして現実に自分たちが胸を張って、明確な目的と意思のもとに訪れることが出来る場所が、どこにも存在していない場所に存在するということは、彼自身が予測していた以上に彼の心を苛もうとしてくる。
しかしこんな所まで来ておいて、連れて来ておいて、
そしてまだ何一つとして目的を果たせていないにもかかわらず、このような中途半端で挫折などしている場合ではない。
場合ではない、のだ。
「ダイジョーブ、ですか?」
じっと、キンシがルーフの顔を覗き込み心配じみた言葉を、奇妙に腹立たしいアクセントをつけて差し向けてくる。
「大丈夫だ、お前が問題に思うことなんて何一つとしてねェよ」
ルーフはキンシの、まるで人を食うかのような唇の曲がり具合を出来るだけ直視しないよう、若者から顔をそむける。
少年の反応などまるで意に介すことなく、キンシは引き続き黙り込んでいるメイに向けて話し続ける。
「今夜のお宿がまだお決まりになっていないようですね」
いたって平穏に、ごく普通の観光客に話しかけるようなキンシの気軽な雰囲気に、話しかけられたメイは場違いな面白さを感じてしまい、
「ええそうね、このままだと私たちは橋の下で眠ることになるわね」
笑うに笑えない冗談を口にこぼしてしまう。
兄は妹の黒味がきつ過ぎるジョークに、脳の奥底から痛みが染みだすのを感じる。
ホント、この後どうしよう?
「でしたら」
兄妹の暗い雰囲気とは全く相容れぬ、いたって明朗な声量でキンシは何気なく話す。
「お二人に僕の、僕とトゥーさんが暮らしている住み家までご足労してもらい、そこで休憩がてらしばし雲隠れをしていただく。というのはどうでしょうか?」
「は、ええ?」
まるで親しい友人を自宅に招くが如き気軽さを呈してくるキンシに、ルーフはつい素っ頓狂な声で叫び返してしまう。
「お二方の事情を子細に理解したつもりはありませんが、しかしみたところ自警団の方々に顔を見せたくないということぐらいは、愚鈍なる僕にだって勘繰ることが出来ます。違いますか?」
おおよそ正解している、自らが陥っている状況を他人に指摘されルーフは一瞬不快感をあらわにし、そして力なく首を傾ける。
「まあ………そうだな、大体そんな感じだ」
「だったら、そうである、ならば!」
キンシは何故か軽く興奮気味に歓迎のポーズを兄妹の前で披露した。
「ぜひとも僕んちに訪れてください。歓迎しますよ」
そして意気揚々と歩き出そうとする。
「ただし、ちょっとばかし部屋が汚くてかび臭くて埃臭いのは、我慢していただくことになりますがね」
壊してみましょうか。




