シーズンオフの隙間に滑り込む
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コポコポコポ……コポポ……。
ティーポットの内部に滲出した、赤みがかった茶が注ぎ口から溢れ、カップの内側に満たされていく。
熱せられた液体が部屋の中の、冷やされた空気と触れ合う。
白い蒸気がモワモワと立ち昇る。茶葉の進出から発せられた香りが、ルーフの鼻腔を芳しく刺激していた。
「良い匂いだ……」
匂いの気配に、ルーフが思わず素直な感想をこぼしている。
なんと言っても、ここ最近は怪物の体液等々、何となく生臭い、喜ばしくない臭気にばかり遭遇してきたような気がしている。
人体に喜ばしい、肉体が本能的に求める香りに出会った。
感動、……と呼ぶにはいささか表現が派手すぎるか。
ともあれ、幾ばかりか不安の中に取り残されそうになっていた。
ルーフの心情に、その紅茶のあたたかさは妙なまでに染み入ってきて、仕方がなかった。
湯気を観察している。
「……うわ!」
するとまた、右目の辺りに違和感を覚えていた。
モワモワと立ち昇る水蒸気、その粒の一つ一つが、ルーフの眼球に異様にはっきりと映ってきていた。
今度は痛みを感じなかったのは、すでにある程度の経験を済ませた感覚であるからなのか。
ルーフは咄嗟に右の目を手で押さえるようにしている。
「おお、そういえばその症状が出てくる頃合いだっだのう」
表面上は努めて平静を装うとしている。
だが内心は慌てふためいて仕方がない、そんなルーフの心情に、ミッタののんびりとした声音が届けられていた。
「何をかくそう、わしがこの場所に発現したのも、ご主人のその右目の動向が関係しているのじゃよ」
そう説明をしながら、ミッタは指でまっすぐルーフの右目のあたりを指し示している。
ミッタに指差された、ルーフは右目から手を離している。
「俺の右目が、どう関係しているってんだよ?」
両の目をしっかりと開きながら、ルーフはミッタに向けて質問をしている。
幼女の姿を捉えている。
少年の右目はもう片方の琥珀色、生来持っていた色とは大きく異なり、まるで瑠璃の塊のような藍色を発している。
少年の瑠璃色をした右目に見つめられながら、ミッタはこの状況の事情についてを語り始めていた。
「ご主人、その体に刻みつけられた魔力に、わしの体は今依存をしているのじゃ。そして、その源流はまず一つ!」
ミッタは指の先をクイッと、少しだけ上に移動させている。
「おぬしの額に刻みつけられた聖痕、そこがおぬしの魔力の大部分を担っておる」
ミッタはどうやらルーフの額、そこに刻みつけられている呪いの跡に、まず一つ注目をしているらしかった。
少年の額、そこには水晶のような透明度を持つ、目のような形をした文様が刻みつけられている。
これは彼が生まれたときから共にある傷痕であった。
「これか……」
右目から離されて、少しの間所作なくしていた右の手を、ルーフはそのまま額の表面に移動させている。
「その呪いを受けた時のことを、ご主人は憶えておるのかの?」
「いや、悪いが俺にはまるで身に覚えがないんだ」
なんの冗談も含まれていない、本当の意味でルーフにはその呪いの理由を知らなかった。
育ての親である祖父から聞かされてきたことには、この額の呪いはルーフが生まれたときからずっと刻まれてきたものであるらしい。
「なるほど、聖痕とはうまく言ったものやね」
ルーフが自身の呪いについての事情を語っていると、ミナモがどこか感慨深そうな声を使ってみせていた。
「ごくまれに生まれついての、呪いの発症者がいるとかいないとか」
「俺と同じヤツが、他にもいるのか?」
知り得ない事実の一つに、ルーフが静かな驚きを抱いている。
少年の、左右でそれぞれ色合いの異なっている瞳に見つめられている。
ミナモはなぜかはぐらかすような素振りで、知り得ている内容を少年に語っている。
「ウワサだけに聞いた話なんやけどね……。親の遺伝から呪いを発症したり、あるいは……わざと呪いが現れるように、生まれる前の赤ちゃんに色々と細工をするって場合も、あるらしいわね」
そこまで語ったうえで、ミナモはいったん言葉を区切っている。
ほんの少しの間だけ訪れた沈黙。
ルーフはそこで、ミナモの表情から恐怖心のような気配を右目に読み取っていた。
どうやら本当の意味で、この右目は色々と視力が良くなりすぎているらしい。
「まあ、でも、今の法律とか倫理的に、そんな危険なことはなかなかしないはず、そのはず……なんやけどね」
あえてここでは深く追求しないこと、ルーフはミナモの様子から察知している。
その上で、ルーフはあえて探求の手を休ませようとしなかった。
「してはいけないって……絶対に出来ないって訳じゃないんだな?」
「んんー? そういう考え方しちゃう?」
少年の好奇心に対して、ミナモはどうにか誤魔化せられるような言葉を、頭の中で検索しているようであった。
「そう、……やね。おっかないけど、そういう形で呪いを作りだす人がいるってのも、覆らない事実なんやろうな」
「じゃあ、俺も……その実験でこの体になったって言う訳なのか?」
「それは、ウチには分からないことよ」
本当の意味で求めている疑問は、しかしながらこの場面では答えを見出せそうになかった。




