血の味はいかが?
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ミッタに指摘をされた、ルーフは彼女の柔らかそうな唇から目をそらし、視線を交わそうとする。
眼球から放たれる点と線が、刹那のなかで結び合う。
ルーフはミッタの、濃密な灰色な瞳を見つめている。
その輝きは、今のところは充分な生命力をたたえているように見えた。
息を吸って、命を食べる、その活力を予想させる輝きをもっている。
……と、ルーフはそこでようやくミッタの様子を把握し始めていた。
「……ミッタ」
ルーフは彼女の名前を呼ぶ。
「やっぱり、魔力の消耗が激しいんじゃないのか?」
そうして、彼女の状態を気遣うような言葉を発している。
少年から向けられた心配に、ミッタは微笑みのなかで返事を用意していた。
「おや、ご主人じきじきにご心配をしてもらえるとはのお、感謝感激雨あられじゃの」
ルーフからの心配を、ミッタはのらりくらりとかわすようにしている。
幼女の様子をみながら、ルーフの耳はティーポットに注がれた水の気配を捉えていた。
他所事を考えたくなる、それほどにルーフは一定の不安に胸を圧迫されつつあった。
「…………」
ルーフは少し考える。
何か、言葉を発しなくてはならないような、そんな気がしていた。
「なあ、ミッタ」
「なんじゃ? ご主人」
「その……ご主人って呼び方、ちょっと恥ずかしいから……止めてくれないか?」
何を言い出すかと思えば。
少年からの要求に、ミッタはさらに笑みの気配を深めていた。
「ふふ、なにを言い出すかと思えば、そんなことかの」
妙に真剣な面持ちのルーフに、ミッタはニヤニヤとした笑みを隠しきれないでいる。
「承知した、承知した。そのうちに、なにかしら別の呼び方を考えておくからの」
気軽そうなミッタの様子が、ルーフにはどうにも不安を呼び覚ます姿に思えて仕方がない。
と、そこにミナモの声が伸びてきていた。
「はいはい、お茶をどうぞ」
そう言いながら、ミナモはトレーに乗せたティーセットを、ルーフの近くにあるテーブルの上に置いている。
ガチャン!
食器と食器が触れ合う、音色がルーフの耳には嫌に騒がしく聞こえてきていた。
「おお! 待っておったぞ、待ちくたびれたぞ、まったく」
あたたかい食物が運ばれてきたことに、ミッタは大げさっぽい素振りで喜びを表している。
部屋の中をフワフワと浮遊しながら、空中においてミッタはくるくると回転をしている。
それがまるで粉雪が風に舞う様子のように見えて、ルーフはついうっかり故郷の風景を思い出しそうになっていた。
「お砂糖はいれる?」
「砂糖は好かんの、ハチミツの方がうまい」
「ハチミツかあ……あったやろか?」
知らず知らずのうちに、ミッタはすでにこの場面に馴染んでいるようであった。
幼女の順応力にルーフが静かな驚きを覚えている。
その間に、ミナモは要望されたハチミツをミッタのもとに用意していた。
「はい、ハチミツ」
差し出された、プラスチックの容器の中には黄金色に透き通る、粘度の高い調味料。
「おうおう、用意がよいのう」
調子の良さそうな声を発しながら、ミッタは早速ハチミツの容器に手を伸ばそうとした。
掴もうとした。だが、彼女の指は容器を掴むことをしなかった。
「……? あれ……?」
違和感を覚えたのは、ルーフの方が先であった。
というのも、ミッタの方はすでにある程度予想がついているような、そんな素振りを見せていた。
「掴めない?」
「おう、掴めないのう」
ルーフがジッと見つめている。
同じくミッタも容器を見つめていた。
指先がそれに伸ばされている。
白くて細い指は、あらためてよく見ると、指先の辺りがかすかに透明になっていた。
薄墨で直線を描いた際の、筆の終わりの微かな輪郭のように。幼女の先端は、その存在を空気とほぼ同化させているように見えていた。
さらにその透明さを証明するかのように、ミッタの透き通る指先は、ハチミツの容器をするり、するりと通り抜けている。
指の持ち主が掴もうとする対象すらも、透明な指先は触れ合せることを許そうとしなかった。
モノが掴めない、モノに触れることが出来ない。
その先で、ミッタは分かりきっていることを、あらためて確認するような様子を作っている。
「やはり、この程度の魔力残量だと、ろくに物質世界にアクセスすることも叶わぬか」
「な、なに? ……なんだって?」
いきなり謎の言葉遣いをしている。
灰色の幼女に、ルーフが戸惑いがちな声だけをこぼしていた。
「ご主人の魔力量、回路がお粗末なせいで、わしはろくに茶も飲めんのかのお。難儀難儀、難儀なことじゃのお」
「悲しんでいるとこ悪いが……せめて、もっと具体的な改善案を教えてくれよ……」
勝手に不満げにされている。
ルーフが幼女の言葉に困惑している。
その間に、ミナモはハチミツの容器に手を伸ばしていた。
「仲良しそうで、よかったわ」
「別に……仲がいいって訳じゃ……」
ミナモの表現に、ルーフは真面目くさった様子で反論をしようとしている。
少年と幼女の様子を眺めながら、ミナモはカップの中に茶を注ぎ入れていた。




