テクニシャンに甘えるあなた
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ルーフとミッタの関係性は、つまりのところ主従関係のようなものである。
ルーフは人間であり、ミッタは怪物のひとつ。
本来ならば獲物と捕食者の立ち位置に存在しているはずのものたち。
二人はかつてとある集団によって、巨大な兵器のようなものに変化されかけていた。
集団とは、とある一人の人物を中心に、狂信的な思考を持った人間の集まりのことを指す。
彼らはルーフらが暮らしている鉄の国のあちこちに点在し、最近になってこの灰笛にも、影響力を及ぼし始めている。
ミッタはそれらの集団が描く「計画」のためにこの世界に召喚させられた存在であった。
本来の自然な流れ、この世界における異世界転生ないし召喚の手順から外れていた。
それゆえに、ルーフらと出会ったばかりのミッタは、それこそ生まれたばかりの幼子のように、言葉も十分に使うことができなかった。
それが、ルーフと……もう一人、いけすかない猫耳メガネの魔法使いの少女と遭遇した。
それによって、ミッタはいくつかの言葉と、自身が怪物と呼ばれる存在であることを知った。
自分がどのような存在であるのか、この世界にどのような意味を持っているのか。
それについて知った、ミッタは途端に一人の女、人間としての成長を果たしていた。
それこそルーフよりもはるかに大人な、今でも思い出すことができる、成熟した肉体の甘い誘惑。
誘いこむ、ミッタはルーフにこの世界の理から外れた存在になることを要求した。
それこそが、集団の最大たる目的であった。
人工の神を製作する。
そうすることによって、集団は魔法を越える力、魔法使いや魔術師を否定する力の流れを産み出そうとした。
集団の描いた計画。
結果的に、それはミッタの手によって否定されることになった。
現状の世界を継続するため。
そのために、ミッタはルーフに怪物に堕ちること、この世界の理から外れた存在なることを要求した。
それがミッタの折衷案であり、可能な限りの、彼女なりの甘えでもあった。
しかしルーフは彼女の甘さに答えることができなかった。
なぜなら彼が愛している女は妹ただ一人であり、それ以外の女は彼にとってなんの意味も為さないからである。
……と、言うわけで、ルーフの酷く個人的な理由。
要するに女の好みによって、ミッタと言う名の存在はことごとく拒絶されることになった。
その結果が、現状のミッタの状態をそのまま物語っていた。
「そこのカワい子ちゃんは、どれだけこの世界に存在できるん?」
ルーフとミッタが対面している。
そこに、ミナモからの問いかけがするりと滑りこんできていた。
「ずいぶんとフワフワと……あやふやな感じになっとるけど、大丈夫なん?」
「だいじょうぶか、じゃと?」
ミナモに問いかけられた。
ミッタは、決まりきったことを答えるかのように、小さく溜め息を小さな唇から吐き出していた
「だいじょうぶなものか、こうして現実空間に顕著するだけでも、貧血をおこしそうなほどにつらくて仕方がないわ」
ミッタはその体を部屋の中にフワフワと浮遊させながら、「やれやれ」といった動作を右手で作ってみせている。
「ああ、やっぱり、けっこう大変なんかなって思ってたんよ」
予想が的中したことに、ミナモはとりたてて感慨を覚えることもしなかった。
なんてこともなさそうにしている。
ミナモは手元に持っているヤカンを、近くにある台の上に一旦置いている。
「まあ、とりあえず、お茶でも飲んでリラックスしよう」
「……はあ」
「お! ええのお、ちょうど喉がかわいておったのじゃ」
いまだに状況が飲み込めていないルーフとは異なり、ミッタの方はすっかりこの場面に馴染もうとしていた。
「ふんふん、ふふーん♪」
ミナモの鼻歌が聞こえる。
何処かで聞いたことのあるような、だがどこにも流れていなさそうな、あやふやな旋律が空間を震動させて、ルーフらの鼓膜を微かに振動させている。
ミナモはキッチンのなかで、戸棚の扉を軽快に開けている。
そしてその中から、ポットとティーカップを取り出していた。
キッチンのシンクの下、小さな引き出しから茶葉を取り出す。
パックで小分けにされている、茶葉をポットの中に放り込み、その上にヤカンの熱湯を注ぎ入れる。
カチャリ、ポットの蓋を閉じる、音色がルーフらの耳に届いていた。
「たのしみじゃのー、たのしみじゃのうー」
依然として不安が拭えないルーフとは異なり、ミッタはすっかりこの場面に慣れきっているようであった。
つい先ほど、数分前にこの場所に発現したばかりだというのに。
ルーフはミッタの順応力に、何故か一人の魔法使いの姿を思い出しそうになっていた。
黒くて柔らかい体毛に包まれた、三角形の聴覚器官がピコピコと、ルーフの脳内で動いている。
「なにか、思い出しているようじゃの、ご主人」
そうしていると、ミッタが何かを察知したかのように、目を小さく見開いている。
そしてすぐに目を細めて、にんまりとした微笑を口元に滲ませている。
まるで人形のように形の良い、薄桃色の唇をルーフは見つめていた。




