急カーブ猛スピードで曲がろう
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「そうだ! 提案があるんやけど」
「な、なんだよ……」
話題が途切れた。そこに生まれたほんの僅かな空白すらも逃さぬように、ミナモはルーフに向けて提案を一つしていた。
「なんかいろいろ思い出してたら、喉かわいてきちゃったと思わへん?」
「え? ……えー……っと……」
唐突に示された質問文に、ルーフはミナモの思惑を探ろうとしている。
相手が、目の前に居る下着姿の女が、いったい何を計ろうとしているのか。
もしも自分に害意をもたらす行動を起こすのならば、それなりの警戒心を抱かなくてはならない。
ルーフはまず心の中で身構えようとする。
しかし、思考の形や方向性を変えることすら、今の少年には困難を極める仕草であった。
何故かと言えば……何と言っても、目の前に下着姿の女が突っ立っているのである。
布面積、隠蔽能力、防御力、ありとあらゆる能力の面を鑑みるとしても、存在価値そのものを疑いたくなる程に頼りない。
ただ一つ、絶対的な存在感を放つ能力があるとしたら、そこはやはり、ルーフの本能を呼び覚ます欲望の質量がある。
何とかして視線をそらす。
それでも視界の端に強烈な存在感を放つ、女の姿を目で見ることに、ルーフは強い拒絶感を示していた。
とりたてて立派と呼べる女性経験などありやしない。
女の裸など、妹と風呂を共にしたとき以外、ろくに見たことなど無いのである。
もちろん灰笛という名の都市を基準に、鉄の国(彼らが暮らしている国家のこと)全体を網羅するインターネット。
その情報網よりもたらされる桃色の画像たちが、今までルーフの肉体を慰めてきたことには変わりない。
とは言うものの、しかしながら画面を隔てた情報ではなく、ルーフがたった今対峙しているのは生身の女の裸体である。
百聞は一見にしかず……は、言葉の使い方が少しずれているか。
いずれにせよ、本物の女の質量がたった今、リアルタイムでルーフの意識を強く支配しようとしていた。
「……えっー……と……?? ?」
という訳で、そんな訳で、ルーフはただ今まともな返事を用意することが出来ないでいた。
はいかいいえか、白か黒かの単純さすら判別を困難なものとしている。
傍から見ればなんとも間抜けで、何の思考も至らせていないように見える。
ミナモはそんなルーフの意識を、とりあえずのところ一端は置いてけぼりにすることにしていた。
「お湯が湧かしてあるから、せっかくやから、お茶の一杯でも飲んでゆっくりしようや」
そんな提案をしている。
ミナモは、やはり下着姿のままでルーフの目の前からほんの少しだけ移動している。
「…………?」
何をするつもりなのか。
ルーフは視界のなかで、ミナモの動きを両の目でしっかりと確認しようとした。
相手はそう大して派手な動きを見せようとしなかった。
だから、ルーフも何気ない心持ちのなかで、自然と彼女の姿を追いかけられるつもりであった。
「…………?!」
だが、それすらも上手く出来なかった。
違和感の中心点が、その時になって初めてルーフの感覚にハッキリと現れていた。
「う……ッ!」
鋭い痛みが右目に走る。
違和感の中心点に、ルーフの右側の眼球が存在していた。
目に酷く痛みが走っている。
結膜の異常なのだろうか、ルーフは通常の思考を働かせようとした。
だがすぐに、そのアプローチには答えを期待できそうにないことを把握する。
たしか……ミナモが言っていたではないか、呪いであると。
呪い。その単語がルーフの頭の中から、一つの鮮明なる記憶を再生させていた。
柔らかな肉の塊、膨張する熱、右足……だけではない、自分の肉体の右半分が激しく燃え盛っている。
「……もし」
思い出していた。
この灰笛という名の都市に初めて訪れた。
その際に巻き込まれた、とある集団の思惑。
「……もしもし」
それによって、ルーフとある怪物の一人と共に、巨大な呪いの渦に取り込まれかけた。
そこから逃れた際に、ルーフの肉体には大きな傷跡と、あとはもう一つ……。
「おい! きいておるのか!」
一人の幼女が取り残された。
その結果が、ルーフ目の前でふわふわと浮遊していた。
「うわッ?!」
突然のように思われる、目の前に出現した幼女に、ルーフは咄嗟に後ずさる姿勢を作っていた。
「ミッタ?!」
ルーフは目の前の幼女、灰色の髪の毛をなびかせる彼女の名を呼んでいた。
名前を呼ばれた。
ミッタはしかめっ面のままで、ルーフに何ごとかを伝えている。
「奥方が呼んでおるぞ、はよお返事をしたらどうじゃ?」
見た目にそぐわぬ語り口を使いながら、ミッタはあごの向きだけでルーフの視線を誘導させている。
ルーフはミッタに言われた通りに視線を動かす。
するとそこには、ミナモが片手にヤカンを携えてきているのが見えた。
「お茶、何人分必要かしらー?」
ミナモがそのように問いかけている。
ルーフは彼女に向けて答えようとした。
「三人じゃ、わしとご主人、それにおぬしをいれて、合計三人分の茶を淹れるがよい」
しかし、ルーフが実際に唇を動かすよりも先に、ミッタの方が先に具体的な指示を発していた。
「先に言うなよ……」
中途半端に途切れさせられた、言葉の後ろでルーフはほんの少しの不満を抱いていた。




