とりあえずお茶でも飲もう
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ミナモに指摘をされた、ルーフは最初の数秒間だけ沈黙を許してしまっていた。
「あれ……?」
自分が何を言ったのか、その言葉の意味を考えられないでいる。
両のまぶたは閉じられたまま、ルーフの顔面は見る見るうちに赤く上気していった。
「いや……その……」
失言をしてしまった。
言うべきではないことまで口にしてしまった、後悔がルーフの胸の辺りに溢れだす。
感情の質量が少年の胸のあたり、主に呼吸器があるはずの部分、その肉を硬直させていた。
息が上手くできない。
それは単なる恥ずかしさから来るものではなく、いくらかの恐怖心もそこには含まれていた。
「なるほどねえー」
まぶたを閉じたままで、今度は青ざめていっている。
ルーフの表情を見ながら、ミナモはひとり納得を深めるようなうなずきを微かに繰り返していた。
「話には聞いていたけど、これは確かにかなりの重症やねえ」
「じゅ、重症……?」
ミナモが使った言葉の意味を理解できないままで、ルーフはインコのように彼女の言葉を暗唱するばかりであった。
少年が相も変わらずまぶたを閉じたままで、それでも表情は敏感に、不思議そうな色合いを浮かべている。
少年の様子、それを見ているミナモ。
彼女は初めて顕微鏡を使った子供のような、強く関心を持った視線を彼に向けていた。
「エエわー、その反応、昔のエミル君を思い出すわあ」
「エミル……」
唐突に固有名詞が登場した。
ルーフは、それに対してすぐに対象となる人物像を頭の中で結び付けている。
「エミルは……この眼の事を何か、知っているのか?」
想像を結び付けた、そこでルーフは自身の状況に関して、一歩だけ踏み込んだ追及を計ろうとした。
これ以上隠す必要も無いと、そう思えたのは、エミルの姿を思い浮かべたからであった。
何かしら、確信めいたものが一つ、ルーフの頭の中に生まれようとしていた。
それはつまり、まぶたの保護を貫通する視界の、正体を彼ならば知っているような……。
そんな気がしてならなかったのである。
「そうね、知っていると言われれば、イエスと答えられるわね」
そしてルーフの想像は、とりあえずのところ、今回は無事に事実と整合していたらしかった。
「というよりルーフ君、君と同じ症状をエミル君……あの人もかつて抱えていたんよ」
「と、いうと?」
あえてアバウトな表現をしている。
そうすることで、ミナモはルーフに対して自然な関心の方向性を整えているようであった。
「だから、眼球に呪いの影響をもたらされた、一種の症例の状態におちいったことがあるんよ」
「呪い? これも呪いの一種なのか」
説明をされた。
その内容に、ルーフは思わず閉じていたまぶたをパッと開いている。
隠していたはずの対象が取り払われた。
眼球は情報の変化に、ほんの数秒ほど困惑を来たしているようであった。
白く揺らめく視界のなかで、ミナモが手を口元に運び、何事かを思案している様子をみせていた。
「ふうむ……これは、呪いの観点も引き合いにして、やっぱり製作者さんにも手伝ってもらう必要があるかもしれへんねえ」
そんなことを、ブツブツと呟いている。
「製作者って……誰の事なんだ」
問いかける中で、ルーフはふと、言葉に既視感がある事に気付いていた。
「そういえば……モアもそんなこと言っていたな……」
ルーフは視線を左斜め上にチラリとそらしながら、頭の中で対象の言葉と場面を検索している。
「ああ、それはモティマさんのことを言っているんよ」
ルーフが少女の事を思い出している。
それと同時に、ミナモは少年が検索しようとしている、その内容を言葉の上に用意していた。
「も、モティマ……?」
新たなる単語、固有名詞と思わしき言葉の登場。
おそらくは人名であると推察できる。逆のことを言ってしまえば、ルーフにはそれ以外の情報がまるで分からないままである。
「アゲハ・モティマ。エミル君から見て、叔父さんにあたる人よ」
状況を飲み込みきれていないルーフに、ミナモは立て続けに新情報を追加していった。
「羊の斑入りで、頭に角が生えているのを、気分次第でたまに魔法で隠したりする人なんよ」
「それって……」
該当する情報が、存在しているような気がした。
ルーフの頭の中に、巨大な魚のような怪物の姿が、映像と音付きの情報で再生されていた。
「なあ」
「なあに?」
「その、も、モ……」
「モティマさんね」
「モティマって人は、古城の周辺ででっかい魔法陣を張っていたりする人の事か?」
モティマについて質問をしている。
ミナモは、問いかけられた内容について、少し考えるような素振りを見せていた。
「ええー? そんな、アグレッシブなことをする人やったかしら?」
否定をしようとした。
しかし、ミナモは実際に否定文を用意する前に、想像のなかで合致する情報を集めていた。
「あー……でも、あの人ならやりかねないかも?」
曖昧な言葉遣いでありながらも、ミナモはルーフと同様の人物像を頭の中に思い浮かべているらしかった。
「うう……頭の中で思い出すと、なんだか喉が渇いてきたわ」
「そう、なのか……?」
一人の魔術師の事を思い出そうとする。
ミナモの様子に、ルーフは何か不思議なものを見るかのような視線を送り続けていた。




