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ささやかで優しげな脅迫

停止します、

 この音は………!

 ルーフたちが具体的に察するよりも早く鐘の音は、サイレンの唸りは彼らのいる所へと着々と接近しようとしている。


 上ったり下ったりの音色。

 人の心を半ば本能に近い形で不安にさせる、何も知らぬ人々に警告をするために奏でられるサイレン。


 トゥーイの体毛に包まれた三角形の耳がピクピクと痙攣しながら、じっと遠くの音色へと意識を集中させる。


「ん? どうかしましたか?」


 まだ音を確認していないキンシが、唐突に沈黙し始めた青年と少年に不思議そうな表情を向ける。


「先生」


 魔法使いに唇を塞がれたままの恰好で、トゥーイが聴覚から得た情報を提示する。


「先生、一体全体聞こえるのでしょうか。出会いと別れを想起させるメロディーのことを」


 彼から指摘されたことに従い、キンシの唇をふさいだままの姿勢でじっと耳を澄ます。


「んー………?」


 遠く、本当に遠くからほんの僅かに聞き覚えのある、それでいて非日常的なサイレンの音。


 これは、


「あー確かに………、これは自警団のサイレンの音っぽいですね」


 キンシは別段、何事もないように想定されることを口にした。


 自警団、とは灰笛及びこの世界における災害防止及びその対処を担っている組織のことである。


 そのような意味を持った単語がキンシから発せられるのを聞き、兄妹はわかりやすいほどに大きく体を震わせる。


「おいおいおい………! よりにもよって奴さんが誰よりも早く来るなんてっ………。どうして」


「どうしてって、」


 狼狽えるルーフにヒエオラ店長がいたって何事もない風に説明する。


「いつまでもこんな半壊瓦礫山脈、彼方の死体添えだとこちらも商売できないんでね、そろそろいい加減に通報させてもらったのさ」


 ひらひらと店長の指の狭間でレシートのようにひらめくスマホの電子画面には通話履歴、自警団への一報が履歴として明滅していた。


「っ!」


 ルーフは瓦礫を挟んだ向こう側にいるヒエオラに牙をむき、何かを言おうとして、しかし何も言うことが出来ずに呼吸を苦しげに噛み殺すことだけしかできなかった。


 メイはそんな兄の様子を、じっと体を密着させながら見守っている。

 大きく丸い眼球には潤みがちの不安がうるうると浮かぶ。


 少年と幼女の異様な反応にキンシは怪訝さを覚えつつも、


「事情はよくわかりませんが、まだここには来ないと思いますよ」


 とりあえず震えている彼女のために安心させられそうな言葉をかけてみる。


「っていうか、僕には全然サイレンの音なんて───」


 しかし魔法使いの助言は少年の耳には全く届いていないようだった。


「メイ!」


 ルーフはそれまでの優しみをかなぐり捨てて、妹の細腕を乱暴に鷲掴みにする。


 突然の乱暴にメイは少し顔をしかめさせ、しかしそれでもじっと兄の表情を見つめる。


「お兄さま」


「メイ、逃げるぞ。もうここにはいられない」


 兄の言葉に従順さを示したい。

 まず最初にそう思考しつつも、


「ですが………お兄さま」


 何故かその時彼女はいつもやっている、いつも通りの事柄が上手くできないでいた。


 腕に微かな反抗を感じ、焦る心を抑えながらルーフは妹を見下ろす。


 彼女は黙り込んだままじっと兄の瞳を見つめている。

 その二揃いの眼球に、兄は紛うことのない迷いと戸惑いの感情が浮かんでいるのを感じ取った。


「メイ」


 それでも彼は自分の要求を曲げようとは思わない。


「早く逃げないと、俺たちは何のためにこの町へ来たんだ?」


 酷く不明瞭に濁らされた言葉。

 兄妹の間、家族の間でしか通じない約束事。


 彼女がやがて諦め、兄の言葉に屈しそうになった、

 

 その時。

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