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アドリブは小匙一杯程度

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

ブックマーク、感謝いたします!

 シュンシュンシュン!

 シュンシュンシュン!


 音色はいよいよ緊急性を増していっている。


 それが何の音であるのか、ルーフは依然として具体的なイメージを結びつけられないでいた。


「アカンアカン、アカンアカン……!」


 それまで続いていたはずの会話劇が、ミナモから一方的に打ち切られている。


「沸いちゃった、沸いちゃった。急がな……!」


 簡単に断絶させられた。


 関係性に取り残されたルーフが、慌ててミナモのことを呼び止めようとした。


「ちょ……! おい、待てよ」


 手を伸ばして、女の行く手を阻もうとした。


 だがルーフの右手は彼女の姿を掴むことなく、その手はただ空を小さく撫でるだけであった。


 異性に触れることを、それも人妻に安易に触れることをためらった。と、いうわけでは無かった。


 ただ単に、距離が足りなかった。


「クソッ……足が……ッ!」


 自由がきかなかったのは、ルーフの身に付けている義足であった。


 右側の脚部。

 怪物に食いちぎられ、生じた空白を埋め合わせる。


 そのために用意されたもの。


 モアという名の少女。

 灰笛(はいふえ)という名の地方都市。

 魔法使いと魔術師が暮らす土地、そこの中心を担う、古城という名前を持つ機関。


 その場所の頂点を組織する……。

 と、言うよりかは、「古城」という魔術式、機構、仕組みを管理している人間の集まり。


 一族の当主、という名目を持つ少女。

 モアという名前を持つ、少女の身体は人工的に造られたものであった。


 人工物ゆえに、モアはいかにも気軽そうな様子にて、自らの一部分を少年に明け渡していた。


 人工の人形、少女の形を模倣したもの。

 品物のうちの一つ、複数存在するものの一体から譲り受けた。


 ……と、言うよりかは、むしろ無理矢理押し付けられたと表現する方が、より事実に正しいかもしれない。


 …………。


「あーそれね! せっかくだからキミにあげちゃう! 差し上げちゃう!」


 時は数千年万年……

 もとい、数日前に戻る。


 アゲハ・エミルとその妻、アゲハ・ミナモが暮らす、灰笛内にある、とある一軒家。


 そこの風呂場にて、ルーフはモアから義足を押し付けられていた。


 その際に、彼女の方から義足の使い方に関して、ミナモを頼りにするような、その様な内容のことを伝えられていた。


「ミナモに頼れって……どういうこと……どうすればいいんだよ?」


 脱衣所でしりもちをついている、ルーフに対して全裸のモアが、気楽そうに提案をしていた。


「そのままの意味よ? ミナモさんに義足の具合を整えてもらえばいいのよ、ええ、そうなのよ」


 モアはそんなことを言いながら、一糸まとわぬ姿のままで、腕をまっすぐルーフのいる方に伸ばしている。


「……」


「…………?」


 しかし、少女の動きにルーフは反応することが出来ないでいた。


 何故ならば、ルーフのまぶたは両方とも固く、固く閉じられているからだ。


「あの、ルーフ君? ねぇ……邪魔なんだけど」


 モアがルーフに向けて、少しだけ困惑したような声をかけている。


「バスタオルがとれないから、どいてくれないかしら?」


 モアがちょいちょいと、ルーフに移動することを要求している。


 要求は、本来ならば何の困難さもない、些細なことでしかない。

 そのはずであった。


「え、え?! どく?!」


 だが、本来要求している事柄以上に、今のルーフには重要かつ重大な問題がのしかかっていた。


「どく……(どく)? 毒? ……うええ、どうすれば?」


「まあまあ、落ち着いて、ルーフ君」


 目を閉じたままで、あたふたと慌てふためいている。


「とりあえず、おめめを開けた方が良いんじゃないかしら?」


 そんなルーフに対して、モアは冷静そうなアドバイスだけを伝えようとしていた。


「目を……開ける……だと……?」


 だが、ルーフはモアの提案を受け入れなかった。

 と言うよりかは、受け入れる訳にはいかなかった。


「で……! でで、出来るわけねえだろうが……!」


「えー、どうして?」


「どうしてって、お前……!」


 もしかしたら……?

 と、ルーフは淡い期待を抱いて、うっすらとまぶたを開けてみる。


「……!!」


 ほんの少しだけ取り戻そうとした明かりのなか、ルーフはまたすぐにまぶたの裏の暗黒に逃げ込んでいた。


「お前……! そんな格好で……! ふざけんなよ!!」


 ルーフは全裸の少女に向けて、精一杯の抵抗をあらわにしていた。


「えー?」


 ろくに拭いていない、モアの体は濡れたままとなっている。


 白くなめらかな肌の上には水がしたたり落ちていく。


 まだまだ新鮮な温かさを失っていない水滴が、脱衣所の電灯を反射して、キラリキラリときらめいていた。


「そんな、水滴の一粒一粒にまで注目するぐらい、あたしのハダカに見惚れているのね」


「み?! 見惚れてなんかいねーしいッ?!」


 モアがニヤニヤと笑みを浮かべている。


 ルーフはそれを眼球で直接確認するまでもなく、その声音だけである程度予想できてしまえていた。


「んな訳ねえから?! さっさと、今すぐに! 何か着てくれ!!」


「いや、だから、体を拭くためのバスタオルが、邪魔でとれないのよ」


 少年の動揺と相対をなすように、モアは平坦な様子で彼に要求をし続けていた。

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