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君のそばで眠りたい

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 最初の瞬間、数秒ほど。

 限定された時間と空間において、ルーフは自身の感情をごまかせたこと。

 それを確信していた。


 なんといっても、ほんのわずかしか沈黙を許さなかったのである。


 実際に時計で計ったとしても、秒針が一つ、区切りを着けるか着けないか。

 それほどの短さしかない、たったそれだけの沈黙であった。


 にもかかわらず、どう言う訳かミナモはルーフの抱いた違和感に、敏感に気付いているようだった。


「おや、おやおや?」


 ミナモはルーフの目の前にひざまずくようにしている。


 少年の義足をチェックしている。

 その動作の延長戦であるため、その姿勢自体に特別な意味があるわけではない。


 そのはずである。

 だが、ルーフは何故か目の前の女の姿勢に、どこか特別な意味を見出しそうになっていた。


 まるで……自分が何か重要な場所、例えば玉座などに座しているかのような。

 そんな緊張感を、ルーフは独り勝手に、妄想のように作り上げようとしていた。


 ただ、もちろんそれを具体的なイメージとして、言葉にすることをしたいわけではなかった。


「なにか、気になることがあるって、そんな感じやね」


「いや……別に、そんなことは……?」


 ミナモに問いかけられた。

 ルーフは追及にすぐさま否定をしようとして、しかし、どうにも言葉の雰囲気に疑問のような気配を含ませてしまっていた。


「俺は、なにも知らないっての……」


 自分の内側に生まれつつあった言葉を、ルーフは自らの手で否定するようにしている。

 

 まるで生まれたばかりの異物、吹き出物を指で握り潰すかのように、ルーフは自身の内側に生じる言葉の勢いを抑制しようとしていた。


 どうしてそこまでする必要があるのか。

 具体的な事を問われると、残念ながらルーフには解答のようなものすら用意できそうになかった。


 ただ何となく、曖昧な空気のなかで言葉を否定したがっていた。


 それは単純なわがままでもあった。

 だからなのだろうか、ルーフの願望は目の前のミナモによって、簡単に否定されることになっていた。


「まあ、答えはウチにも、そいでもって……君にも分かりきっていることなんやろうけどね」


「そ、そんな、ことは……」


「え? だって、骨の材料は怪物から採取されている。そうなんやろ?」


 ルーフが密に、だが確実に殺すことをを望んでいた言葉。

 それを、ミナモはいとも容易く使っていた。


 何も、そこに特別なことなど存在していない。

 そう考えているような、気配を、ルーフは目の前に居る妙齢の女から感じ取っていた。


 ルーフがひとり、戸惑っている。

 そのことに気付いていながら、ミナモは引き続き自身の想像を語り続けていた。


「毎日どこかしらで殺されて、処理された怪物の死体。そこから、この義足の材料は削り出されているんやろうね」


 ミナモは少年の前に屈みこんでいた膝を上げ、ゆったりとした動作で立ち上がろうとしている。


「…………」


 ルーフは咄嗟に両腕を伸ばして、彼女の動きを止めるような、欲求に駆られそうになった。

 だが実際に行動に移すよりも先に、少年は自分の腕の重さに行動力を奪われている。


 肉と骨の重さ、それ以外の理由に、ルーフは自分の行動の無意味さを肌で感じ取っていた。


「問題は、そんな高級な材料をどこの誰が、こんなにも贅沢に使えるってことなんやけれど……?」


 ミナモがあごに手を添えながら、思考を巡らすような動作を作って見せている。


「そんなの……分かりきってるだろ」


 彼女の動作、ボディーランゲージに、ルーフは率直なる反応を返していた。


「この都市……灰笛(はいふえ)の怪物たちを管理している、古城の関係者なら簡単に材料を調達することが出来る。だろ?」


 ルーフが自らの予想を語っている。

 それは突発的に思いついた言葉というよりかは、長い時間をかけて熟成させた台詞のようだった。


 事実、ルーフにとってその考え、イメージの一つはずっと頭の中に存在している事でもあった。


「この義足を押し付けられてから、ずっと考えとったよ……」


 ルーフは直立をしたまま、視線を下に、自らの体を支えている義足の一本に視線を落とし込んでいる。


「におい……? そうだ、においみたいのが、あるんだ」


「ほう? においとな」


 ルーフが抱いている感覚を打ち明けている。

 その内容は、少なくともミナモにとっては意外なものであったらしい。 


 目の前の女が感心を抱いている。

 それを感じ取った、ルーフはもう隠すつもりもなく、打ち明けるように自分の思考を言葉にしていた。


「なんつうか……なんて言うのかな? 夕方」


「夕方?」


 予想外の方向性から攻めてくるワードに、途端にミナモは感心を強めている。

 

 彼女の麦茶のような瞳、そこと同じ色を持つ、タヌキのように丸みを帯びた聴覚器官。

 それらの要素がジッと、自分の方に向けられている。


 そのことを自覚しながら、ルーフはどこかしら緊張感のある面持ちで、自らの感想を語っている。


「そうだ……これは夕方の匂いだ」


 瞬間、視線をミナモのいる場所から逸らしている。

 移る眼球の方向性は、この場所という、限定された場所を越えた空間へと移動しようとしている。


 そこに、映ったのは。

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