ミセスは待ってくれないのである
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トゥーイの瞳が迷いに迷っている。
その間にも、物事の時間は刻々と経過し続けていた。
「ふう……」
ひとしきり語り終えた……もとい、叱り終えたメイが、言葉の終わりに呼吸を挟みこんでいる。
その後に、幼い魔女はため息交じりにトゥーイの顔を見上げていた。
「……とにかく、これいじょうはおきゃくさまにシツレイの無いようにしなくちゃね」
そう結論付けている。
「とはいえ、お嬢さんもけっこう乗り気でシイニさんのヒミツを暴こうとしていませんでしたっけ……?」
幼い魔女に向けて、キンシが他所事のように追及の言葉を呟きかけている。
だが、メイは魔法使いの少女の言葉を、意図的に無視することにしていた。
「さて! いろいろとイヤらしいことをしていたら、いつのまにかこんなに夜がノウコウになっちゃったわね」
メイがそう話している。
彼女の言うとおり、夜はすっかり灰笛の風景を暗黒に染め上げていた。
「夜ですね、夜ですね」
夜の冷たさを身に浴びながら、キンシが意気揚々とした様子で状況を言葉にしている。
「どうしましょう? 僕、なんだかこれまで以上にワクワクしてきましたよ」
「ええ、そう……かってにワクワクしていればいいじゃないかしら?」
ハイテンションになりつつある魔法少女に、メイは冷静そうなアドバイスだけをしている。
感情の大きさにかなりの対比がある。
彼女たちの様子をみている、シイニが不思議そうな声を音に呟いていた。
「あの娘さんたちは、アレで……一緒に仲良くやっていけているんだろうか?」
子供用自転車の姿をしている、彼は自分自身こそが目的に不必要な心配事を抱いていること。
そのことに気付いている素振りは、あまり感じられそうになかった。
不思議そうにしているシイニ。
そんな彼に対して、トゥーイが音声による解説のようなモノを試みようとしていた。
「…………。a-……。シ……心配しないで」
砂嵐のような、ノイズ音と共に青年の音声が再生される。
「とかく、女は私たちが理解不可能領域へ共感を生み出しますよね?」
トゥーイは、その体から青年のような低さを持つ音声を発生させている。
そうしていながら、瞳の方向性をシイニのいる方向へと差し向けている。
「であるからこそ、私たちは不安恐怖心外以上のものと考察することが可能となる」
そう結論付けている。
トゥーイは首元に首輪のように巻き付けてある発声補助装置で、シイニに色々の事柄を確認し終えようとしていた。
だが、どうやら青年の確認事項は、残念なことに目的の相手に通用したとは言えそうになかった。
「ああ、嗚呼……神様、ホトケさま、異国の怪しい新興宗教のリーダー格様……。……手前に、どうかこの若き力に漲る男の言葉を理解する方法を教えておくんなませ……」
子供用自転車の姿をしている彼が、悲嘆に暮れるようにしている。
彼と青年がコミュニケーションの失敗に打ちのめされている。
それと同時に、キンシとメイは今後の行動についてのささやかな議論を交わしていた。
「さてと、ですよ、お嬢さん」
キンシは、子猫のような聴覚器官をメイの居る方向にまっすぐ固定させている。
「夜になると、怪物さんの行動もより一層の激しさと熱を帯びることになります」
「そうなの」
魔法使いの少女の、黒く柔らかい体毛に包まれた三角形の耳。
海苔で包み込んだ握り飯のような形をしている、少女の聴覚器官をメイは視線の上で見つめていた。
「夜の怪物さんは、それはもう……もう、ドキドキしちゃうほどにエキセントリックで、エネルギッシュなんですよ!」
メイが自分の語る言葉に耳をかたむけている。
その事実を確認しながら、同時にキンシは己の知り得ている情報を伝達する、その行為にどこか恍惚とした表情を見せようとしていた。
「血液に飢えたあの表情、攻撃の鋭さ……口の開き具合、唾液腺の弾け具合、筋肉の熱い伸縮……。思い出しただけで、だけで……」
「だけで?」
「ええ、もう……心の臓がビリリビリリ、と震えあがりそうになります……!」
語り終えた。
キンシの瞳、新緑のように鮮やかな緑色を持つ、虹彩は爛々とした輝きを外界に向けて放っていた。
「……なんだか、とても、とてもたのしそうだわね」
興奮気味な魔法使いに、メイはコップ一杯分の冷や水のような言葉を差し向けていた。
「え」
幼い魔女に指摘をされた、キンシは一瞬呆けたような表情を浮かべていた。
そして、丸く見開かれた瞳孔は、瞬く間に同様と狼狽の気配を濃厚なものにさせている。
「そ、そそ、そ……! そんなことは、ございませんよ。何をおっしゃいますか、このお嬢さんは」
あからさまに、見るからに、それはもうとても分かりやすく、キンシは同様をしていた。
怪物のことを語る時の熱量、興奮具合、そこを率直に指摘されたこと、そのことにいたく心を揺らしているようである。
「と、とにかく! 夜はとても危険ですから、お嬢さんだけでも、あなただけでも……家に帰って、もうお休みになられた方がよろしいかと」
キンシはメイに提案をしている。
魔法使いの少女が、幼い魔女に家に帰ることを推奨している。
それを聞いた、魔女は少女の言葉にこくり、と首を前にかたむけている。
「そう……ね、私はまだたたかいになれていない。おとなしくしている方がいいかもしれないわ」
メイは考えながら、思考のなかで言葉をえらんでいる。
少女の提案した内容を、彼女はいったんは納得のなかで胸の内に留めている。
その上で。
「でも、おことわりよ」
メイはキンシの提案を否定していた。
「おや、それはどうしてですか?」
推奨を断られれた。
キンシは、しかして冷静そうな様子を保ったまま、メイの案を耳に聞き入れようとしていた。
「もうおびえているばあいでもないのよ、私も、あなたたちと共に暮らすなら……この、灰笛の環境に、順応、しなくてはならないの」
「ほうほう」
魔女の語る決意を、キンシは口元に微笑を浮かべながら聴き入っている。
「だから、むしろ、私は知りたいのよ。夜の怪物たちを、彼らの……興奮して、屹立した肉の形、それをちゃんとみておきたいの」
語り終えた。
彼女の言葉を聞いた、キンシは三秒ほど沈黙を口元に許す。
その後に。
「そうですか、ええ、そうですか」
キンシは、いよいよ本格的に笑いながら、メイの言葉をその身に受け入れていた。
「はあ、やれやれ、ですよ」
笑いながら、キンシは演技じみた動作でアスファルトの上をトコトコと歩いている。
「腐れクソ野郎に、お嬢さんの身の安全をなによりも優先しろと、そう命ぜられていたというのに。当の本人が、これほどまでに魔法使い稼業に関心を抱いているとなると、それはもう、僕としてはこれ以上逆らいようがないじゃないですか」
言い訳のように、メイの語った決意の形をまとめている。
「どうして僕がこんな面倒くさい役割をしなくてはならないのでしょうか? コレな謎ですよ、バミューダトライアングルも干上がるほどの、永遠の証明が必要になりますよ」
魔法少女は歌うように語っている。
「残念だけど、魔女は、謎をなによりも愛しているのよ」
少女に、魔女は合いの手のような返事を入れていた。
「…………」
その様子をみていた。
トゥーイは、相変わらずの無表情で彼女たちの様子を眺めていた。
「あの様子なら、オレの願い事も叶えてくれる、それ位の勢いが期待できそうだ」
シイニが、誰にも聞こえないように、小声で己の心情を語っている。
しかし、彼の言葉は青年の耳にしっかりと聞き入れられていた。




