余裕がある時に笑っておこうか
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「トゥ」
キンシがトゥーイのことを呼ぶ。
だがトゥーイの方は、それに、肉声で返事をすることが出来なかった。
声が出ないのである。口を動かすことが出来ないのである。
それは呼吸機能を喪失したわけではない。
青年の体は、肺胞は今日も今日とて体内に酸素と二酸化炭素を血中にせっせと運搬させ続けている。
呼吸はできている、であれば、彼はどうして言葉を話すことが出来ないのか。
例えば生まれたばかりの赤子のように、知能がまだ段階を達成できてないのか。
それは違う、青年はあくまでもその外見的に見受けられる年齢と、ほぼ同等の知能を有してはいる。
事実、彼の首元に、犬の首輪のように巻き付けてある発声補助装置を使う、その程度の知能は持ち合せていた。
であれば、どうして青年は言葉を話すことが出来ないのか?
犬の首輪のようにやるせない、しかも壊れかけでまともなコミュニケーションすらも期待できない、そんな機会に頼っている。
頼らなければならない程に、青年はその身に無言を浸透させてしまっている。
その理由は?
「呪いなんだろ?」
答えを、真実に等しい意味合いを言葉にしているのは、シイニの声であった。
「呪い……」
トゥーイの様子を見上げていた。
彼の右隣の辺りで、メイが小さくその言葉を呟いている。
この場面でさんざん語り尽くされた。
と、考えそうになったところで、メイは再び自身の思考を否定している。
語るなどと言う、いかにも文化的、文明的なやり取りを、はたして自分達は行ってきたと言えるのだろうか?
仮定を作り、それをすぐさま否定する。
実際にやってきたことといえば、男性約一名を羽交い締めにして、解剖をしようとしていた。
ただそれだけのことにすぎない。
しかもそれらは、結局のところ未遂に終わってしまった。
だから、今回の探索は失敗に終わった。
それだけ、ただそれだけのこと。
……と、そう片付けることもできなくはない。
のだか、幼い体の魔女はそれを認めようとしなかった。
「けっきょく、呪いってのはなんなのかしら?」
メイが問う。
彼女の問いに、シイニが低い声で答えている。
「生きている肉、骨、皮膚、目玉だとか、とかとかとか。そういう、人間の一部を犠牲に、協力な力を得るための手段。そのうちの一つだよ」
シイニがそう語っている。
メイは視線を左側に、そこに自立している子供用自転車の姿をみる。
シイニは語り続ける。
「呪いの契約ってのは、もう、その時点で一つのシークレットゾーンのうちになるんだよ」
謎に横文字を使いたがる。
メイが小首をかしげているのを視界に認めた、シイニはすぐに別の言い回しを言葉の上に用意している。
「言うならば、あれだ、あれあれ、全裸みたいなもんだよ」
「はだか?」
「そ、往来でフルチンフルパイで歩くやつなんて、この文明でもそうそういないだろ?」
少なくとも、自分が存在していた世界では、それが常識であることをシイニは、例え話のなかで確認している。
異世界からの来訪者に常識を疑われた、メイは急ぐような心持ちで同意を返していた。
「もちろん! 見せちゃいけないところは、ちゃんとかくすわ」
幼い魔女が同意を返している。
それを聞いた、シイニは落ち着きはらった声で結論を結んでいる。
「そういうわけで、呪いってのは本来、隠すべきものだと教えられているものなんだよ」
すでに知っている常識を、確認しあった。
その後に、シイニは繰り広げられてきた厄介ごとの総合をしている。
「だから、よりにもよって手前みたいな、出所もわからねえ怪しい怪物が、ひとりの娘さんの呪いについての詳細を聞き出そうだなんて、失礼極まりないってことなのさ……」
最後は余韻を持たせるように、息を小さくはいている。
シイニが語り終えている。
それを聞いていた、キンシがタイミングを見つけ出したかのように、唇に言葉を紡いでいる。
「でりけーと・ぞーんのお話ですか」
興奮はそれなりに落ち着いたらしい。
鼻息はスウスウと、適切とされるであろう呼吸音を保っている。
「確かに、おおっぴらにお話しするようなことではないですね」
キンシが、今更ながらに恥じ入るような態度を作って見せている。
魔法使いの少女の様子をみた。
シイニが、ポツリと驚いたような声を発している。
「おや、若いヒトの感覚でも、それは続いていたんだね」
シイニの様子が、メイには瞬間的に理解することができなかった。
少しだけ考えた後に、メイは彼がどうやら魔法使いにおけるジェネレーションギャップを期待していたことを想定している。
「でも、なんでもかんでも隠しっぱなし、というのはすでに古い考え方ですよ? シイニさん」
メイがひとり、考えをめぐらせている。
その左隣で、キンシは知り得たばかりの情報を開示していた。
「秘密にせず、呪いを受けた身をさらけ出す! という運動も、あるらしいですよ?」
疑問系のような音色を作っているのは、それがキンシ本人の考えた言葉ではないことの証明となっていた。
他人の言葉を語っている。
キンシに、シイニが追及するための言葉を使った。
「ほう? そんなことを考えるのは、一体全体、どこの怪しい集団なんだろうな?」




