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細やかな電子音を指で潰す

こんばんは、ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 とは言っても、やる事といえば単純な事物だけであった。

 メイは青年の行動を予想する。


 一歩二歩、前方へ。

 魔法使いの少女と子供用自転車の姿をした彼の、見るに堪えない攻防戦が繰り広げられている。


 その現場へ、迷いの無い動作にて直進をしている。

 ただ足を運ばせているだけ? メイは直感的にそう考えようとして、しかしてすぐに自らの予想を静かに否定している。


 青年は、自らをトゥーイと名乗る彼は、その右腕に魔力の気配を漂わせていた。

 最初の瞬間はほんのりと、春風が運ぶ花の香り程度に。

 しかしてすぐさま、魔力の気配は夏の炎天下にも勝る程の強烈さ、濃密さを以て空間を震動させている。


 トゥーイの右腕。

 作業着の長袖に包まれて、肉の形は隠されたままになっている。


 その状態でもなお、体内に含まれる魔力の質量を感じさせるほどの気合がそこには込められていた。


 メイの、彼女の属する種族特有の柔らかい羽毛が、青年の魔力の流れの変化を敏感に感じ取っている。


 ビリリ……ビリリ……。

 鬱血した肌に冷え切った指を這わせるかのような、不快とも快感とも取れぬ、曖昧な間隔が周囲の空気に満たされていく。


 変化を感じ取ったのは、なにもメイ一人に限定されていることではなかった。


「うっ……?」


 流石というべきなのだろうか、怪物であるシイニはいち早く現場に訪れようとしている災厄を、中身の奥の魂にて感じ取っていた。


 言いかえればか弱い雛鳥か、あるいはこの世界の住人ではない異世界人であるからこそ、気付くことの出来た変化であった。


 であれば、跡に残されているのは、人間の形を持った肉の塊だけであった。


「うひ」


 ヒトの体とは異なる、子猫のような聴覚器官、ただそこだけが敏感に異変を感じ取っている。


「と、と、トゥーイ、さん?」


 まずは頭部に生えている、黒猫の耳を音のする方に傾けている。

 本能的な動作の後に、キンシは人間らしく首の向き、唇の向かう先を左回りで後ろに移動させていた。


 見れば何が待ち構えているのか。

 答えは分かりきっていることだった。


 それでも見るのを止めなかったのは、キンシなりに己の罪状をすでにいくらか、ほんの一ミリ程度は既に自覚しているからであった。


「…………」


「……」


 青年と少女の、互いの沈黙が触れ合う。


 緊迫感が彼と少女との間に結ばれ、ひりついた感覚が限定された空間に満たされていく。


「ヤバいヤバいヤバい……」


 やはり流石としか言いようがないのがシイニで、彼は青年が近付いてくるのを認めるや否や、すぐさまその場から退散を図っていたのであった。


「なんかめっちゃお怒りなんだけど、え? 手前、なんか悪いことでもした?」


 子供用自転車の姿をしている。

 シイニはその仮の体を巧みに使いこなし、誰の手を借りるでもなくその身をメイの居る方へと運び終えていた。


「シイニさん……」


 逃げ足の早い、それを肯定的に考えるとすれば、危機察知能力が優れている。


 とでも言うべきなのだろうか。

 誰も操縦していない、自動と自立を同時に作動させている。


 ひとりでに、当たり前のことのように、シイニはその体を自立させている。


 乗り手のいない子供用自転車の姿。


「ふう……危なかった」


 彼の体から発せられている、成人男性の持つ特有の低さが空気をジメジメと震わせている。


 逃げてきた。

 ということは、少なくともこの場所にかんして、シイニはいっさいがっさい無責任であると、そう主張したいらしい。

 行動の中の全てが挙動の一つ一つにたっぷりと含まれていた。


「瞬間に理解しちゃたよな」


 シイニは前置きを一つ、この場に流れている魔力の気配に意識を尖らせている。


「なにか、おどろいちゃったの?」


 メイはシイニに向けて、小さな声音で質問をしている。


「どうして……あの二人はシイニさん、あなたにすごく怯えてるのかしら……?」


 謎を探るためにみる。

  メイは薄紅色の小さく柔らかそうな唇に、白く鋭い爪の先端を軽く押し付けている。


 幼い魔女の、無垢特有の触れればアメ細工のように、意図も容易く粉々に破壊できてしまいそうな。


 そのような心を見せつけられた。

 シイニは興奮をうまく押さえつけるのに、密なる葛藤を行わなければならなくなる。


「攻撃魔力を使おうとしているんだよ……」


 言いながら、シイニは語気におびえるかのような、わずかな震えに車輪をブルル…ブルル…と震えさせているようだった。


「攻撃の術式をここで、こんなところで展開させようとしてやがる!」


 元々魔法の存在を知らない世界から、当たり前のように魔法か日常生活に組み込まれている世界。

そこに、何かしらよ高度で難易度マックスレベルの召喚術を実行したのである。


シイニはそのうちのひとり、限りなく鮮明に、的確に己としての、自己を肯定する情報を多量に保有している。


人外であること。

この世の住人にあらず、この体、動く筋肉と骨と皮膚は、人間の、少なくもシイニが今まで生きてきたなかで、誰に確めることもなく確信してきた要素。


その一つであった、言葉。

それはもう、どこにも存在していなかった

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