あなたが愛してくれないから
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キンシという名の、魔法使いの少女は頬をほんのりと赤らめて、トゥーイの怪文法の意味するところを説明している。
「つまりはですね、トゥーイさんは……僕のことをかばおうとしているのですよ」
「それは……」
トゥーイがキンシのことをかばおうとする。
行為自体は、メイにもすぐ理解することが出来ていた。
問題なのはそれより前の段階、行動の理由、起因についてであった。
「なにか……そんな気になるくらいのイヤなことなんて、あったかしら……?」
メイは小首をかしげて疑問を抱いている。
幼い魔女のささやかなかたむきに合わせて、彼女の白く細い毛髪がサラサラ、サラリと流れている。
幼子が持つ特有の柔らかさ。
メイの毛先の流れに視線を向けながら、キンシは薄紅色の頬のままで事情を語ろうとしている。
「ですから……僕がほいほいと自分の呪いの秘密について話しちゃったから、トゥーイさんはそのことにご立腹なんですよ」
キンシがこの状況に関する理由を語っている。
それをメイは、側頭部に生えている椿の花弁のような形をした聴覚器官で、しっかりと聞きとっている。
トゥーイがシイニの体を羽交い絞めにしたがる、理由事態はそれだけの言葉で把握することができた。
しかしながら、理由がわかった所で、この状況の意味不明さが解決したとは限らなかった。
「呪いのヒミツをおしえるのが、そんなにまずいことなのかしら……?」
メイが不思議そうにしている。
そうしている彼女に、反論を呈していたのはシイニの声であった。
「そりゃあもちろん、キミたち魔法使いにとって、呪いは触れたくても触れちゃいけない、暗黙の領域の世界観だからね」
新たに知った事実、あるいは知識の内に組み込んでなかった事象に、メイはポカンと戸惑っている。
そんな幼い魔女の様子をみて、シイニは妙にハッキリとした口調にて、この場合における事情についてを語っている。
「ほら、あるでしょ……? 大体予想はつくけれど、あえてそれを公にするべきではないことって。たくさん、たーくさん、この世界にもあるんだろう?」
シイニはまるで誰かに確認をしているかのような、そんな語り口になっている。
子供用自転車の彼がそう語っている。
文章の内容、作られた音程とリズムによって、大体の語りは片される。
メイは呪いについてのエチケット、あるいはマナーのようなものを、そこでようやく理解していた。
「なるほど、ね、呪いっていうのはつまり、おっぱいやあそこみたいに、基本かくしておかなくちゃいけないものなのね」
「わりと直接的な表現やめてくれないか……」
メイの使った表現方法に、シイニが意外さと幻滅じみた声を伸ばしている。
ともあれ、理由がはっきりした。
後の行動は、なにも語るまい。
「さーて、お覚悟きめてもらいますよ」
キンシは自分の魔法のための道具、銀色の槍をしっかりと構えている。
「え、ちょ、でも……ッ」
自らの失態を知った。
きちんと知ることが出来た、その矢先の出来事であった。
「でぇやああああああああああああっ!」
キンシの体から、身につけた銀色の槍から放たれた刺突、斬撃にシイニの体は遠く、遠くに吹き飛ばされてしまっていた。
「ぎゃおぅううッッす!」
とりたてて語られるべき前フリも、何も無かった。
ほぼノーモーションに近しい速度にて、キンシはシイニの体に槍による一閃をぶちかましていた。
相手に行動を予測させるよりも先に、可能な限り相手が想像し得ぬ行動を選択する。
それはキンシの、自らをキンシと名乗る魔法使いが、これまでの生活のなかで培ってきた戦い方の、一つの方法であった。
魔法使いというものは、普段は怪物という存在を相手にしている。
およそこの世界の常識的な生命の形を有していない、世界の理から逸脱したものたち。
人外のモノを相手にするうえで、行動力は投げナイフの斬撃のように重要な意味を持つ。
行動を予測させない、キンシは、キンシという名の少女は続けて刃を上に振り上げようとしている。
網で捕らえた魚を掲げるように、キンシは槍の先端にある重さを上に飛ばそうとした。
しかし魔法使いの挙動は、対象の動きによって阻害される。
「……!」
槍の先端を掴んでいる、人間の手のひら、力強い握り拳の感触。
それらがキンシの持つ、銀色の槍全体を振動させ、その震えがキンシの脳に伝えられる。
武器を掴まれた。
誰に?
人間にだ。
一拍ほど、空白が生まれていた。
最初の一閃、対象物を叩き飛ばすために消費した集中力。
それが戻ってきたらしい。
開かれた白色へ急激に外界の色が混ざっていく。
「……?」
槍の穂先には何も無かった。
捉えたはずの対象、獲物の姿が見受けられない。
キンシは即座に神経を、感覚を獲物の検索にフル稼働させる。
空気が流れる。
生まれた気配をたどる。
視界を上に向けた。
そこにはシイニの体が合った。
「ふぅ……あぶねえ」
低い、なんの演出も虚構も含まれていない、低い男性の声が上から聞こえてくる。
「なかなか、予想に反してきつめの攻撃をしやがる。この猫耳娘は」




