左目の中身はグチャグチャ
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「おやおや、おやおやぁ?」
キンシは目の前に見える状況、現実がどうにも信じられないようであった。
「おかしいです……これは摩訶不思議、不可解、奇妙奇天烈、ですよ」
魔法使いの少女は、己の知り得る謎を表現するための言葉を、ふんだんに使用している。
少女の左目。
そこの部分に埋めこまれている赤い宝石は、彼女の疑問を主張するかのように、その内部をぐるぐると渦巻かせている。
「どうしたの? キンシちゃん」
あからさまに戸惑いを主張してみせている。
そんな魔法少女に向けて、メイが合いの手のような要領で問いかけていた。
「心臓、みつからなかったの?」
ここで彼女たちがやり取りしている、「心臓」という言葉は、半分はそのままの意味を持っている。
怪物と呼ばれる生物が、この世界で生命活動を行うために必要な臓器の一つ。
そこには人間の持つ心臓と、おおよそ同様、同義の重要度を持っている。
血液を循環させるための、ポンプとしての役割を持っている。
ただ、怪物の場合は臓器としての基本的な機能の他に、もっと別の種類の大いなる役割を含んでいる。
「怪物の心臓は、私たちのからだにおなじくながれている……魔力をいっぱい、ものすごくいっぱいもっている。のよね?」
怪物の心臓。
その意味をあらためて確かめるように、メイは自らの知り得ている情報をポツリ、ポツリと言葉にしている。
「怪物は……そんざいそのものが、魔力のおおきなかたまり。……だから、あなたたち魔法使いは、自分のからだをたもつために、怪物の心臓をもとめている。のよね?」
「ええ、ざっつらいと。その通りですよ、お嬢さん」
幼い魔女が語る、魔法使いと怪物の関係性。
それについて、キンシはまずもって簡単な同意を返していた。
「キンシは……僕たち魔法使いは、ただでさえ、呼吸をするだけで多量の魔力を消費する、……なんてこともあり得るのですからね」
キンシは自らの抱えている「呪い」、そこから魔法使いという存在が抱える悩み事の一つを語っている。
「呪いによって生み出される魔力の質量は多大なるものです。……ですが、その分肉体に内蔵している魔力の消費が、いちじるしく激しいのですよ」
「燃費の悪い車、みたいなものなのかな?」
魔法使いの少女が語る内情を、シイニがフムフムとした吐息のなかで聞いている。
「昨今、ハイブリッドをこえて完全電気自動車だ、水素自動車だと、騒がれているって言うのにねえ」
「は、はいぶり……?」
シイニが語る専門的な、どことなく異国の気配を感じさせる単語にキンシが戸惑っている。
「あー……いや、なんでもない、こっちだけのハナシ」
少女が不思議そうにしているのを見た、シイニはすこし音程を下げて訂正をしていた。
「っていうか、そんなことより……いい加減、手前を離してはくれまいか?」
言葉のついでとして、シイニは再三の開放を魔法使いたちに期待していた。
だが、彼の期待はものの見事に裏切られることになった。
「それはできない相談ですね、シイニさん♪」
子供用自転車の姿を持つ彼の、切なる願いをキンシは気軽そうに否定している。
「僕らのはち切れんばかりの好奇心は、もう暴れ狂って止まりそうにないんですよ」
「そんな……、午後三時の男の股間じゃあるまいし」
いまいち反応に困る表現の仕方を選んでいるのは、シイニなりの反抗心であるらしかった。
言葉遣いこそ生温かく、生易しい。
だが、この魔法使いたちはシイニの、表明したくない秘密を勝手に暴こうとしているのである。
隠している内容物を守りたいのは山々であった。
のだが、しかし彼の願望とは相反するように、トゥーイの両腕はしっかり、がっちりとと彼の体を台の上に固定し続けていた。
逃げられない。
その事実を信じきっている。
それはシイニだけではなく、キンシ達にも共通した思考内容であった。
「さて、どうしたものですかね」
不安と安心が隣り合っている、感情のなかでキンシが溜め息と共に思案を巡らせている。
「どうするって、なにが、どうしたのよ?」
キンシの要領を得ない様子に、メイはいよいよ我慢が効かなくなってきた様子で追及の手を伸ばしていた。
幼い魔女が見上げている、紅色の瞳に見つめられている。
視線の先でキンシはもう一度、おもむろに左目へ指を触れ合せている。
「……?」
また、宝石の義眼を使った検索でもするつもりなのだろうか?
メイは頭の中で、まずそう予想した。
しかし、幼い魔女の抱いた想像は、どうやら魔法少女に繋がらないようであった。
「よいせっと」
小さな掛け声、のようなもの。
その後に、キンシは左の指を義眼、それが埋め込まれている空洞の中に沈み込ませていた。
そこは眼窩と呼ぶべき空洞、そのはずであった。
頭蓋骨にまるく空けられた、眼球という視覚器官を固定するための骨格。
その隙間に、キンシは自らの左指を深く、深くねじ込ませている。
触れ合う、とは言えそうにない。
とてもじゃないが、そんな生易しい話では済まされそうにない。
そんな勢いで、軽々と、キンシは自身の左目に指を挿入していた。




