這い回れ!両の指たちよ
ご覧になってくださり、ありがとうございます。
「先生」
トゥーイの音声、首元に巻き付けてある発声補助装置。
そこから発せられる電子音に、キンシは耳をかたむけている。
「どうしたんです? トゥーイさん」
黒く柔らかい体毛に包まれている耳。
柔らかな三角形を描く、子猫の持つそれと似た形の聴覚器官。
そこが青年の音声に反応して、ピクリと小さく反応していた。
「なにか気付くことでもありましたか」
青年が自分の方に視線を向けている。
その行為、行動からすでに、キンシは胸の内にいくらかの期待を膨らませていた。
キンシが、ワクワクとした視線を向けている。
魔法使いの少女の、期待と希望に満ちた視線を浴びながら、彼らは密なるやり取りを交わしていた。
「うぅ……止めてくれ」
少女が動くことを望んでいる、トゥーイの指の動きをシイニは静止させようとしていた。
「気持ち悪いよぉー……何が悲しくて、野郎なんぞにリラクゼーションマッサージされなきゃならんのだ……」
シイニが現状を嘆く言葉を使っている。
それに対して、トゥーイが眉と眉の間に微かな皺を寄せていた。
「…………。-あ、ああ」
音声を発しようとして、それが上手くできないことに小さく苛立つ。
「…………」
ガスッ!
硬い物同士がぶつかり合う音色が、空間をかすかに振動させた。
何ごとかと、シイニが台座の上で視線を移す。
見れば、トゥーイが首元の発声補助装置を手で叩いているのが見えた。
ガスッ! ガスンッ!
軽く握り拳を作りながら、トゥーイは自らの道具を叩いて直そうとしている。
右手は台座の上、シイニの体を押さえつけたまま。
空いている、余裕のある左手が首元の装置へと叩き付けられていた。
ブツブツ……ブツ、リ、ブツ、リ……。
トゥーイの左手がぶつかる、その衝突の度に装置からとぎれとぎれの電子音がこぼれ落ちている。
細い金属を何本か寄り合わせて、唐草模様に似た渦を描いている。
機械というよりかは、巨人の指輪をそのまま首に巻き付けたかのような、そんな造形をしている。
装置が、持ち主であるトゥーイからの衝撃に反応している。
何回か叩いた後で、ようやく装置から電子音が発し始めていた。
「あーああー」
少しの発声練習。
その後。
「私もこれをしたくないです」
いかにも嘘っぽい、言い訳のような言葉をシイニに送っている。
これからの行為についての、ささやかな否定文を用意している。
その様子、行動がシイニにはどうにも信じがたいモノでしかないようであった。
「どの口が、そんなことを言っているんだろうねッ?!」
この状況に否定文を主張している、トゥーイの事をシイニは異形を見つけたかのような表現をしている。
「信じられん……二枚舌、なんて生易しいものじゃねえぞコレ……」
紛れもなく自身の体を押さえつけている、腕の感触のなかでシイニはトゥーイに詰問していた。
「そう思っているなら、なんで、この手を離してくれないのかなッ?!」
行動と言葉が合致しないことに、シイニは耐えがたい矛盾を抱いているようだった。
「やりたくないなら、関係ねえっていうなら、今すぐ、今すぐに! この手を離してくれたっていいだろ?!」
もっともらしい反論を用意している。
だが、トゥーイは聞く耳を持たなかった。
「だけど」
逃れようとする二つの車輪を、トゥーイは両手でしっかりと抑え込んでいる。
「私は望む、貴殿の秘密を」
抑え込みながら、トゥーイはその視線をチラリと移動させている。
青年の持つ、鮮やかな紫色をした瞳。
そこから発せられる視線が、青年以外の人間のそれと触れ合っていた。
「さて、と」
トゥーイに見つめられている。
メイが溜め息のような言葉を唇からこぼしている。
「まずは、心臓からとおくはなれていそうな場所から、くずしてみようかしらね」
トゥーイが両腕で押さえつけている、シイニの体にメイの指も触れる。
メイの白く細い指、かすかに羽毛が生えているその部分が、シイニの体を確かめるようにまさぐっている。
ひっきりなしに回転している車輪の部分を除いて、子供用自転車の彼の体はやはり、見た目通りの無機物差を表していた。
これがもしもただの、普通の人間の肉体であったならば、彼らの指ももう少し愉快さを覚えられたであろう。
しかしながら、残念なことにシイニの体は、どこまでも子供用自転車としての存在しか表明していなかった。
「ダメね……こうしてじかにじっくりとさわってみても、フツウの自転車、……としか思えないわね」
とりあえず簡単に触れてみて、確かめてみた事実を再確認している。
しかしながら、メイは自ら抱いた結論に、まだまだ納得を導き出せていないようだった。
「いったいぜんたい、コレのどこからシイニさんの声がきこえてくるのかしら?」
今までなんとなく、それとなく受け流し続けてきた事実を、ここに来て再確認しようとしている。
日はすでに暮れきっている。
訪れたばかりの夜のなか、都市の外灯に照らされながら、幼い魔女は目の前の奇妙奇天烈、摩訶不思議に小首をかしげていた。
「さて……と」
疑問もそこそこに、メイは次の段階へと進もうとした。




