表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

742/1412

歌うように残虐性が響き渡る

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 状況は限りなく、果てしなく絶望的なモノであった。


 シイニは自身の体が、グチャグチャのバラバラにされるかもしれない。

 そのような危機的状況を、脱するための手段を子供用自転車の彼は、まだ諦めてはいないようであった。


「た、たす……ッ──!」


 単純に助けを求める声を発しようとして、しかしてそれよりも先に言葉は手段を検索し続けている。


「そ、そうだ……ッ! キンシ、キンシ君ッ!!」


 子供用自転車の彼に、名前を呼ばれた。

 叫ぶような、その声にキンシという名の魔法使いは、のんびりとした様子で返事をよこしている。


「んー? どうしたんですか、シイニさん」


 キンシという名前を持つ、そう主張をしている魔法使いの少女は、彼の慌てぶりを視界の上に眺めている。


 さり気なく呼び捨てにされた、自分の名前を黒い聴覚器官に受け止めていた。


「そんな、下半身だけトランスフォーム出来なかった地球外生命体みたいな声を出して、どうしたんです?」


「逆にどういう状況なんだよ……それ」


 キンシの謎の比喩表現に戸惑いつつ、シイニはそれでも話題の方向性を失おうとはしなかった。


「そんなことより、キミから! このナイスルッキングガイたちに、手前の肉体をバラバラにしようとする、凶事を、凶事を! 今すぐ止めておくれよッ!!」


 助けを求められた。


「えぇー? 何でですかあー?」


 シイニからの叫び声に、対してキンシの受け答えはゆったりと、平坦なものでしかなかった。


「その体、ボディーはかりそめのモノなんでしょう?」


「それは、そうだけれども……」


 期待した対応が返ってこなかった事に、シイニは意外さのなかで不満を胸の内に増幅させていた。


 シイニがその語調にあからさまな不満の色を表している。

 しかしながらそれに構うことなく、キンシは自分の持論を舌の上に並べ続けていた。


「だったら、本体が傷つかないのならば、肉体の一部がグチャグチャのバラバラにされても、大丈夫でしょうよ!」


「なんで、なんでそうなるッ?!」


 期待した蜘蛛の糸がただの糸くずでしかなかった。

 シイニはそのことに絶望を抱こうとした。


 だが子供用自転車の彼が感情を動かす、それよりも先に彼らは問答無用で行動を起こそうとしていた。


「そういうことなら……?」


 これまでのやりとりを聴覚器官に聞いていた。

 メイが白く小さな手をポンッ、と叩き鳴らしている。


「はやく、はやく……! 呪いのヒミツをすこしでもおおくときあかすために、シイニさんの体をカイボーしちゃいましょ!」


 メイがこらえきれないといった様子で、頭上にくるくると虚しく回転する二つの車輪を見上げている。


 幼い魔女がまちのぞんでいる。


 その紅色の瞳が丸々と、キラキラと見つめている。

 彼女の視線の先で、トゥーイは腕の中にシイニの体を抱え上げ続けていた。


「あの……あの! お願いだから、今すぐ降ろしてくれないかな?」


 シイニは自らの体を軽々と抱え上げている。

 青年魔法使いに向けて、最後の抵抗を図ろうとしていた。


「頼むよ……これは何か、悪い冗談の一つなんだろ?」


 自身の体を捕らえ続けている。

 張本人に対して、シイニは今更ながらの命ごいを繰り広げようとしていた。


 子供用自転車の姿をした、彼からの望みをトゥーイはその耳でしっかりと聞いていた。


 綿のように白くフワフワとした、柴犬のそれと同じような質感を持った聴覚器官が、シイニという男性の言葉を聞き入れいてた。


 犬耳がピクリ、と動いている。

 その動作を、シイニは視界の下側、自らを抱え上げている腕のなかで認めていた。


 自分の言葉が聞かれている。

 拝聴者の存在が目の前にいる、体験はシイニの意識に一種の緊張感をもたらしていた。


「…………」


 シイニの助けを聞いた。

 トゥーイはその言葉を無視することにしていた。


「…………」


「あの……もしもし?」


「…………」


「トゥーイ君? シーベットライトトゥールライン君?」


 長ったらしい正式名称を使っている。

 使用した一手は、しかしてさして意味を為さなかったようである。


「き、聞いてる? 止めて、今すぐ手前を地面の上、アスファルトの上に戻してくれないかな?」


 今一度、自らの望む行動を主張している。

 だが、子供用自転車の彼の言葉は、青年魔法使いにほとんど意味を為さなかった。


「…………」


 無言のまま。

 トゥーイはおもむろにシイニの体を、自分の手前に提げている。


 胸の前まで降ろされた。

 シイニはその瞬間、ほんの少しだけ地面と、硬いアスファルトと再会を果たせるのではないか?


 期待をした。

 だが、彼の期待は残念ながら現実に身を結ぶことは無かった。


「…………。シーッはァーッ……」


 沈黙の後に、トゥーイは鋭く深く息を吸い込んでいる。


 それは魔法のための呼吸であった。

 吸い込み、吐きだした。


 体内のあたたかさと、外界の空気中に含まれる灰の冷たさが触れ合う。


 生まれた温度差の中に、光のひと塊が明滅した。


「う……?」


 少しの驚愕の後。

 シイニは自分が一つの机の上、魔法によって作り上げられた解剖台の上に横たえられている。


 その状況を、視界のなかにて確認していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ