歌うように残虐性が響き渡る
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状況は限りなく、果てしなく絶望的なモノであった。
シイニは自身の体が、グチャグチャのバラバラにされるかもしれない。
そのような危機的状況を、脱するための手段を子供用自転車の彼は、まだ諦めてはいないようであった。
「た、たす……ッ──!」
単純に助けを求める声を発しようとして、しかしてそれよりも先に言葉は手段を検索し続けている。
「そ、そうだ……ッ! キンシ、キンシ君ッ!!」
子供用自転車の彼に、名前を呼ばれた。
叫ぶような、その声にキンシという名の魔法使いは、のんびりとした様子で返事をよこしている。
「んー? どうしたんですか、シイニさん」
キンシという名前を持つ、そう主張をしている魔法使いの少女は、彼の慌てぶりを視界の上に眺めている。
さり気なく呼び捨てにされた、自分の名前を黒い聴覚器官に受け止めていた。
「そんな、下半身だけトランスフォーム出来なかった地球外生命体みたいな声を出して、どうしたんです?」
「逆にどういう状況なんだよ……それ」
キンシの謎の比喩表現に戸惑いつつ、シイニはそれでも話題の方向性を失おうとはしなかった。
「そんなことより、キミから! このナイスルッキングガイたちに、手前の肉体をバラバラにしようとする、凶事を、凶事を! 今すぐ止めておくれよッ!!」
助けを求められた。
「えぇー? 何でですかあー?」
シイニからの叫び声に、対してキンシの受け答えはゆったりと、平坦なものでしかなかった。
「その体、ボディーはかりそめのモノなんでしょう?」
「それは、そうだけれども……」
期待した対応が返ってこなかった事に、シイニは意外さのなかで不満を胸の内に増幅させていた。
シイニがその語調にあからさまな不満の色を表している。
しかしながらそれに構うことなく、キンシは自分の持論を舌の上に並べ続けていた。
「だったら、本体が傷つかないのならば、肉体の一部がグチャグチャのバラバラにされても、大丈夫でしょうよ!」
「なんで、なんでそうなるッ?!」
期待した蜘蛛の糸がただの糸くずでしかなかった。
シイニはそのことに絶望を抱こうとした。
だが子供用自転車の彼が感情を動かす、それよりも先に彼らは問答無用で行動を起こそうとしていた。
「そういうことなら……?」
これまでのやりとりを聴覚器官に聞いていた。
メイが白く小さな手をポンッ、と叩き鳴らしている。
「はやく、はやく……! 呪いのヒミツをすこしでもおおくときあかすために、シイニさんの体をカイボーしちゃいましょ!」
メイがこらえきれないといった様子で、頭上にくるくると虚しく回転する二つの車輪を見上げている。
幼い魔女がまちのぞんでいる。
その紅色の瞳が丸々と、キラキラと見つめている。
彼女の視線の先で、トゥーイは腕の中にシイニの体を抱え上げ続けていた。
「あの……あの! お願いだから、今すぐ降ろしてくれないかな?」
シイニは自らの体を軽々と抱え上げている。
青年魔法使いに向けて、最後の抵抗を図ろうとしていた。
「頼むよ……これは何か、悪い冗談の一つなんだろ?」
自身の体を捕らえ続けている。
張本人に対して、シイニは今更ながらの命ごいを繰り広げようとしていた。
子供用自転車の姿をした、彼からの望みをトゥーイはその耳でしっかりと聞いていた。
綿のように白くフワフワとした、柴犬のそれと同じような質感を持った聴覚器官が、シイニという男性の言葉を聞き入れいてた。
犬耳がピクリ、と動いている。
その動作を、シイニは視界の下側、自らを抱え上げている腕のなかで認めていた。
自分の言葉が聞かれている。
拝聴者の存在が目の前にいる、体験はシイニの意識に一種の緊張感をもたらしていた。
「…………」
シイニの助けを聞いた。
トゥーイはその言葉を無視することにしていた。
「…………」
「あの……もしもし?」
「…………」
「トゥーイ君? シーベットライトトゥールライン君?」
長ったらしい正式名称を使っている。
使用した一手は、しかしてさして意味を為さなかったようである。
「き、聞いてる? 止めて、今すぐ手前を地面の上、アスファルトの上に戻してくれないかな?」
今一度、自らの望む行動を主張している。
だが、子供用自転車の彼の言葉は、青年魔法使いにほとんど意味を為さなかった。
「…………」
無言のまま。
トゥーイはおもむろにシイニの体を、自分の手前に提げている。
胸の前まで降ろされた。
シイニはその瞬間、ほんの少しだけ地面と、硬いアスファルトと再会を果たせるのではないか?
期待をした。
だが、彼の期待は残念ながら現実に身を結ぶことは無かった。
「…………。シーッはァーッ……」
沈黙の後に、トゥーイは鋭く深く息を吸い込んでいる。
それは魔法のための呼吸であった。
吸い込み、吐きだした。
体内のあたたかさと、外界の空気中に含まれる灰の冷たさが触れ合う。
生まれた温度差の中に、光のひと塊が明滅した。
「う……?」
少しの驚愕の後。
シイニは自分が一つの机の上、魔法によって作り上げられた解剖台の上に横たえられている。
その状況を、視界のなかにて確認していた。




