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せめて最後は笑っているため

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 めでたし、めでたし。


 などという、すっかり使い古された言葉、締めくくり。

 そんなもので片付けられたくないと、そう主張していたのはキンシ以外の、他人の言葉だった。


「いやいや、いや……ちょいと待っておくれよ」


 語り終えた。

 達成感にキンシが目線を遠くに向けている。

 それに対して、シイニがすかさず反論の意を挟みこんできていた。


「それで終わり? まさか、たったこれだけで全部を話し終えたとか。そんな、笑えない冗談はよしておくれよ」


 シイニは言葉の気配に笑みを含ませている。

 しかしながらそれは愉快さから由来する笑みとは、性質を大きく異ならせていた。


 まるで崖っぷちに追いやられたシーンで、赤色の風船をひとつだけ手渡されたかのような。

 そんな不可解さと不十分さが、シイニの言葉の中にはたっぷりと含まれていた。


「え? 病気になった? それで……どうしてキンシ君、キミが魔法使いとして生きていく方向性になってくるんだよ」


 いかにも、もっともらしい、まともそうな意見を口にしている。


 人間の姿を持っていない、子供用自転車のような姿しか許されていない。

 そんな彼に対して、キンシはいたって平静そうな様子で受け答えをしていた。


「それはもちろん、僕がこの肉体に呪いを受けたから」


 語りながら、言葉を途中で区切る。

 意図的に生み出した空白のなかに、キンシは左の腕をそっと上に掲げている。


 静かな、なめらかな動作で、左腕、そこを包む長袖をまくり上げている。


 布のしたにはまた一枚の布、白い包帯がピッタリと一分の隙間もなく巻き付けられていた。


「呪いの炎にこんがりと焼きあげられてしまった。この体、火傷痕、傷痕こそが……僕が、キンシという迷う使いとして生きていくうえでの証になっているんですよ」


 シイニにそう語りながら、キンシは左手に巻き付けた包帯の一枚を少し緩めている。


 持ち主の手によってあらわにされた、包帯のしたには呪いによって焼かれた傷跡が、その表面を反射させていた。


 店舗の暖色なライトに照らされている。

 キンシの左手、手の甲。


 そこには人間らしい、柔らかさとぬくみは許されていなかった。


 そこにあるのは黒水晶のように深い、暗黒に包まれた質感だけだった。


「刺青、とはまた別なんだよな?」


 黒い文様を描く、少女の左手にシイニが確認の言葉を投げかけている。


(はだ)を断つ呪い……。印を残して罪状を確認する、昔の刑法の一つだったよな?」


「へえ、そんなのがあるんですね」


 シイニが確認してきている内容に対して、キンシは逆に興味ぶかそうな様子を見せている。

 好奇心を向けられた、シイニは困惑するように声の調子を淀ませている。


「いや……手前に聞かれても、っていうか、質問しているのはこっちなんだが?」


「まあ、そんなこと言わずに、ぜひともシイニさんの口からご説明をお願い致しますよ」


 キンシに誘導をされた。

 シイニは、特に断る理由も無いままに、この世界に存在している呪いの一つについてを語っている。


「膚を断つ呪い……。その昔、罪人に落ちた人間に見分けをつけるために、生きたままその肌を剥いで焼いた。罪状の一つから引用されたもので」


「ひええ……聞いているだけでおはだがビリビリしちゃいそうね……」


 シイニが語っている内容に対して、メイが体を震わせている。

 幼い魔女の興奮具合に、彼女の体に生えている白い羽毛がその柔らかさをブワワ、と膨張させていた。


「現状、魔法使いと呼ばれる存在は、一部の例外を除いてその大多数が、該当する呪いを発症したものとして対照されるんだ」


 メイの反応が予想外に分かりやすく、面白かったことに起因しているのか。

 シイニは幾ばかりか調子の乗った声音のままで、症例の具体的な内容を説明しようとしている。


「あるものは多量に増幅した魔力に肉体が耐え切れず、まるで焼け爛れたかのように皮膚の性質が変わってしまうものもいる」


「あ、僕がそのパターンに近いですね」


 固定していた包帯を少しだけほどきながら、キンシは左の手をパッパとひらめかせている。


「ほら、火傷の痕が僕の肌、存在や意味を今もなお変化させ続けている。この様子が、こうして確認することができるはずです」


 キンシはメイに、よく見えるように火傷の痕を近付けようとしている。


「ありがとう……キンシちゃん……」


 魔法使いの少女が気をつかおうとしている。

 その行動に対して、メイは可能な限りやんわりとした拒否の意を相手に伝えている。


「でも、いまさらそこを見せなくても、私はだいじょうぶよ?」


 傷を、まだ生々しさと生臭さが大量に残るそれを、出来る限り視界の中に入れたくなかったのだろうか。


 メイはあまり考えたくはない予想を、拒絶とほぼ同時に確信として小さく胸の内にすえ置いている。


「そうですか? ならいいですけど」


 見せようとした内容を拒否された。

 キンシが、なぜかとても残念そうに左手首をそっと降ろしている。


 そうしている間にも、その肉体の一部分には呪いが存在している。


 継続する呪いの形に、シイニは自らが知り得ている事実をさらに開示しようとした。

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