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逃げてきた先はまた地獄

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 キンシが、自らをそう名乗る魔法使いが見ている。


 右と左で色も性質も異なっている。

 右側に残された肉眼は、新緑のように鮮やかな緑色を持っている。


 縦に細長い瞳孔が見つめる先、そこには一人の青年が立っていた。


「ん?」


 魔法使いの少女が見つめる先を、シイニは視線のなかで追いかけている。


 子供用自転車の姿をしている、彼のもつ警戒用ライトの形が、一人の青年の姿を捉えていた。


「トゥーイ君が、どうしたんだい?」


 質問文は疑問符を形作りながら、それと同時に事実の確認としての体を有していた。


「まさか……その異世界からの来訪者ってのが……」


「ええそうです、トゥーイさんです」


 シイニが全てを言い終えるよりも先に、キンシはただそこにある事実を言葉にしていた。


 右目が見ている、視線は同時に少女の持つ左目と同様の直線を描いている。


 キンシの左目、そこには赤黒くきらめく宝石の義眼が埋め込まれていた。

 新鮮な瘡蓋(かさぶた)のような色を持つ、宝石の中身には黒い渦がうずめられている。


 魔法使いの少女が見つめている。

 その先にて、「来訪者」であると表現された青年が耳をピクリ、と動かしていた。


「そうだったの」


 少女と青年が無言のうちで確かめ合っている。

 その間に、メイがなんてことも無さそうに、感想を唇からこぼしていた。


「トゥも、こことはちがう場所からきたのね……」


 たったそれだけの言葉で済まそうとしている。

 済まされようとしている。

 状況に反論意見を用意していたのは、シイニの一言であった。


「いやいや、いや?! たったそれだけ?! もっと気にすべき事でしょうよッ?!」


 子供用自転車の姿をしている、無機物の姿から驚愕の感情が声となってあらわにされている。


 珍しく声を荒げている。

 そんなシイニに対して、しかしながら周辺の人々はローテンションだけを継続させているにすぎなかった。


「何をそんなにビックリ仰天することがあるんですか? シイニさん」


 息巻く子供用自転車の彼に対して、キンシが何かしら、不思議なものでも見るかのような視線をそこで送っていた。


「この世界にとっては、異世界からの移動なんてそんなに珍しいことじゃない、じゃないですか。……現に、僕みたいな魔法使いは異世界からの怪物さんを相手にしておりますし、何より、何よりですよ──」


 そこまで言いかけたところで、シイニの方でも少し遅れ気味の納得を用意していた。


「ああ……そうだったね、……手前も異世界からの来訪者、って表現には違いないか」


「そうですよ」


 さらりと受け流されそうになっている。

 状況に流されるようにして、シイニは魔法少女の話を聞き続けることにしていた。


「トゥーイさんは、えっと、たしか……もともと暮らしていた世界が、もう完全に滅ぶしかないって状況になったから、急いでこの世界に引っ越してきたんですよね?」


 キンシが緑色の右目をチラチラとちらつかせながら、トゥーイの方に視線を送っている。


 一つのミスも無きよう、一粒の間違いも犯さぬよう。

 慎重と最新の確認作業を繰り返している。


 魔法少女が確認している、その内容に対してトゥーイは、


「…………」


 無言のうちだけで返事を寄越していた。


 トゥーイの紫キャベツのような、紫色をした瞳がキンシの姿を凝視している。


 無感情のように見える。

 色の見えない視線はとりあえずは、否定の意見ではないことの証明のように思われた。


「あー……世界滅んじゃった系かあ」


 キンシが述べている内容に対して、シイニがひとり納得を深めていた。


「ちなみに理由を聞いてもイイかな? 何? 大戦で資源が枯渇したとか、人口の増加で食料が足りなくなってみんな餓死、とか?」


 シイニに確認をされている。

 トゥーイは耳を、真っ白な体毛に包まれている、柴犬のような聴覚器官をすこし左に傾けていた。


「…………」


 長い沈黙を使っている。

 無言は気まずさを有していた。


 やがてシイニが堪えきらなくなったかのように、諦めの言葉だけを青年に送信していた。


「まあ……言いたくないのなら、言わなくてもいいけれど……」


 前輪を少し左に傾けながら、シイニは低く静かな声で決めたことを言葉にしている。


「言いたくないことは、こちらにも沢山あるからね」


 彼らが互いに示し合せている。


 その間に、キンシは話を続きに向けて舌を動かしていた。


「とにかく、お父様と暮らしていた幼女のもとにですね」


 幼女のもとに、一人の青年が訪れた。


 そして……なんやかんやあってお父様が病気に倒れた。

 幼女は病気の父親を世話するために、その身に呪いを宿して魔法使いになった。


 父親の代わりに魔法使いとして、この都市、灰笛(はいふえ)の人々の助けになること。

 そのことを決意した。


 したとさ。

 めでたしめでたし、これにてお終い。


「ちゃんちゃん」


 少女が、かつては幼女だったキンシが話しをそこで区切っている。

 そうして沈黙が訪れた。


 その後に、ほんの数秒だけの合間を置いた。

 

 シイニが、まるで理解の至らぬ様子、声音で少女に問いかけている。


「いやいや、いや」


 話を聞き終えた、シイニがすかさず追及の手を伸ばしていた。


「たったそれだけ?」

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