なにも驚くことなんてない
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キンシは、キンシという名前を持つ、魔法使いの少女は語り続ける。
「僕はこの灰笛で生まれました。僕が生まれた日と同じ日に、あの空の傷口はこの世界、この土地、この時代に穿たれたんです」
概略を語るキンシに、シイニが合いの手のような質問文を投げかけている。
「と、いうと……。つまりは、君はこの土地に生じた大災厄と同じ日、同じタイミングに生まれた、ということになるのかな?」
「そうですね、そういうことになります」
シイニから問いかけられた、自分自身の事柄をキンシは同意という形で返信している。
少女の返信を聞いた、シイニはひとり納得を重ねるように息を吐き出している。
「そうか、そんな頃合いか……」
シイニがぶつぶつと呟いている。
そんな彼を横目に、キンシは続けて唇を動かしていた。
「僕が魔法少女ではなく、……いえ、その時はまだ魔法使いとして生きていくことすら決めていませんでしたね」
少女が少女ではなく、どちらかといえば幼女の状態であった。
そんな頃合い。
「おどろきだわ」
「どうしたんです? お嬢さん」
キンシが語ろうとしている内容に、メイが早くもリアクションをあらわにしていた。
「キンシちゃん、あなた小さいときがあったのね?!」
「そりゃあ、ありますよ! お嬢さん、あなた僕のことを何だと思っているのですか」
「んんと……ごめんなさいね、なんだか、私のなかではキンシちゃんは、生まれたときからずっと、ずうっと魔法使いだったような……そんな気がして……」
「何ですか……それ」
キンシが呆れたような、そんなため息を小さく吐き出す。
「生まれた瞬間から魔法使いになれるなんて、いったいどこの誰がそんな特別になれるというんです」
「あ、でも手前、そういうパターンのお人、一人ほど知っているよ」
シイニが何事かを主張しようとしている。
だがキンシは、今回は彼の言葉を無視することにしていた。
「僕はこの灰笛で生まれ、それはそれは優しく、素晴らしく、ツヨーいお父様と、楽しく、それなりに楽しく、ひそやかながらも穏やかな毎日を過ごしておりました」
「ちょ、ちょっとまって」
「なんですか、また気になる点でもありましたか?」
キンシはメイに、まるで質問をされること事態が不可解であると、そう表現したがるような視線を向けている。
魔法少女が、語りを中途半端に中断させられたことに、不満げな様子をていしている。
だがメイは、少女の様子に構うことなく、ただ思うがままに生まれた疑問を言葉に変換していた。
「キンシちゃん、あなた、お父さまがいらっしゃったのね?!」
「それってどういう意味ですか?!」
幼い魔女が抱いた疑問点に対し、キンシは心外で仕方がないといった様子で目をまるく見開いていた。
「あのですね、お嬢さん、この世界ではオス、つまりはお父様が存在しないと、まずこの世界に生まれて来ることができないのでして、ですね……」
キンシはメイに、生命に対する基本的な情報を教えようとした。
しかし、魔法少女の気遣いは、幼い魔女にあまり意味をなさなかったようであった。
「私、お父さまいないわ」
短く語られる魔女の主張。
「別にお父さまがいなくても、この世界に生まれることはできるわよ?」
逆に少女を諭すようにしている。
一言、一言が、メイの生まれの特異性を表している。
人工的に作り出された生命体である、人工物である魔女。
彼女の言葉に、キンシがしばらくのあいだ何も言えなくなっている。
「お嬢さんの場合は、事情が特別……なんでしょうか?」
キンシは誰かに事実を確かめるように、問いかけるように、言葉を迷わせている。
「そんなことないよ!」
さまよう少女の頭の片隅に、シイニの注釈が軽々と響いてきていた。
「だって考えてもみてごらん? 手前のような怪物は、この世界で、最初から意味をもって、空間の傷口から生まれ落ちるんだよ?」
シイニがそう主張している。
「ええ……」
彼らが独自に共通点を共有している。
その様子にキンシが戸惑っている。
しかし少女の静かな動揺などお構いなしに、聴衆は彼女の言葉の続きを期待していた。
「それで? キンシちゃん、あなたの遺伝子におけるオスのやくわりを持っていたかたの、お話をもっときかせてちょうだいな」
別段いままで秘匿をするつもりもなかった。
だがこうして言葉の上で、言語化されると、途端に何かしらの重大な秘密を有しているような感覚を抱かせる。
切れかけのマヨネーズのように、途切れがちな口調にシイニが発破をかけるようにしている。
「ほらほら、自己紹介は手早く済ませた方が、後がつかえなくてすむよ!」
「なんの順番を守ろうとしているのですか……?」
追いたてられるようにしている。
状況を理解できないままで、キンシは急かされるように唇をうごめかせている。
「とにかく、とにかくですね、僕は遺伝子の上でお父様にあたる男性とここで、この灰笛で暮らしていた訳なんですが!」
「そんなに大きな声を出さなくても、ちゃんと聞こえているよ?」
シイニからの指摘を、キンシはもう一度無視することにした。




