私とあなたのオハヨウは違う
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キンシはやがて諦めたかのように、水分を大量に含んだ溜め息を口から吐き出していた。
雨が降る前の曇り空、ずっしりと、しっとりと生き物の喉元を柔らかく圧迫する。
重めの空気を吐きだしながら、キンシは最後の抵抗を図ろうとしていた。
「気が変わったのなら今の内ですよ? 今なら僕が用意できる三分間で大爆笑ものの小粋なジョークが……」
「あー、そういうのいいから、早くそっちの番を片づけてくれよ」
キンシからの提案を、シイニはにべもなく否定していた。
「こっちが打ち明けたんだから。まさか、そっち側が秘密のままで、なあなあのままで、済まされると思ってんじゃないよ」
「はい……すみません」
最後の抵抗として発案したアイディアを、秒と待たずに否定されてしまった。
そのことに傷ついた素振りを見せながら、キンシは感情表現のついでに語りを開始しようとしていた。
「説明するとなると、僕の記憶……と呼ぶべき媒体がかなりあやふや、曖昧なモノでしかなく。少なくて、あまり確かな情報をご提供することは、困難を極めると言いますか、そうなんですか……」
そんな感じの前置きを、一つや二つと言わずに、可能な限り大量にまき散らそうとしている。
「すごく、すごく……お話したくないって、かんじね……」
魔法使いの少女の前置きを聞いている。
メイが、誰ともなしにささやきかけるように、少女の様子を簡単に言葉にしていた。
「分かりやすいね、その辺だけはとてもキャワイイよね」
幼い魔女の感想に対して、シイニが自己の表現を重ねている。
しかしそれにメイは冷ややかな視線を送っていた。
「気持ち悪いわ、シイニさん」
「おやおや、これはなかなか手厳しい」
魔女に否定をされた。
シイニは特に感情を動かすことなく、楽しげな気配だけを言葉の中に継続させていた。
それぞれに全く異なる感情を抱いている。
視聴者に囲まれながら、キンシは自分の過去のことを話している。
「僕は……──」
キンシと、自らを名乗る魔法使いの少女。
彼女が語ることによれば、こういうことらしい。
…………。
少女の記憶が始まりの産声をあげるころ。
おぎゃあおぎゃあ。
母親の胎のなか、羊水に満たされたあたたかな揺り籠のなか。
ユラリユラリと揺れて育ち。
この世界に人間として、そう呼ばれる生命体としての、もっとも基本的である機能をコツコツと準備した。
母親の体内で、単純な細胞の塊から赤ん坊と呼ばれる、複雑な構成を持つ命の形を獲得した。
おぎゃあおぎゃあ。
キンシと自らを名乗る少女が、産声をあげてこの世界に生まれた。
その時間は、さして昔の出来事でもなかった。
せいぜい十数年、十二年ほど昔か、大体そのぐらい前の話になる。
かつて、灰笛と呼ばれる地方都市、土地に降りかかった歴史的、記録的な災害が訪れた日。
よれよりも後に、少女はこの世界に生を受けていた。
「おや、キンシちゃんはあの大災厄よりも後に生まれた世代なんだね」
キンシが語っている最中に、シイニが話題のなかへと介入してきていた。
少しだけ驚いている様子に、しかしてシイニは自己で簡単な否定文を用意している。
「あー……でも、まあ、その位の年恰好なら、大体同じ時期になるんだろうな」
子供用自転車の彼が、年月の大体を隠された頭の中でおおよそ、ざっくりと計算している。
シイニがふむふむと、僅かに音量を下げた声で納得をするような台詞を呟いている。
そんな彼に、メイがとある疑問に首をかしげていた。
「大災厄……聞いたことが、あるような、無いような……」
メイのおのれの記憶の中に検索をしようとしている。
魔女が自らの記憶の中に答えを見出そうとした。
だが、彼女よりも先にシイニが事柄に対する正解を、言葉の上に用意していた。
「十二年ほど前にこの……灰笛と呼ばれる場所で発生した、魔力要素の暴走の事だよ」
かなりざっくりとした解説であった。
だが、メイが自らに内包される記憶領域の中に、合致するワードを見つけ出す。
そのための要因としては、十二分に役立っていた。
「ああ、あの災害のことね……」
メイが思い出しているのに対して、シイニが概要と思わしき情報を続けて言葉にしている。
「この土地に存在している次元の狭間。そこに含まれている魔力が、突如として暴発、暴走したんだよ」
それによって、人間が生活する空間に多大なる被害が生じていた」
「──……人もの人間が、ぼうそうした魔力の被害をうけて、その健康にただいなるひがいをこうむった。とされているわ」
「おや、メイさんは小さいのによく知っているねえ」
シイニに追及をされた。
だがメイは、それに分かりやすいリアクションを返すことをしなかった。
魔女はそれよりも、自らに内包されている情報の整合性を高めることを優先していた。
「空間のはざまから生じる魔力要素が、暴発した。……その衝撃でまず、多大なる被害が発生した……」
それはひどい大爆発だった。
火薬を媒介にしたそれと同じ質量と共に、魔力の勢いがかつての土地、かつての人々の体を吹き飛ばしていった。
シイニが語る。




