限定された痛覚と左
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キンシは左目を隠したままでいる。
魔法使いの少女の、その動作をメイが見上げていた。
「キンシちゃん……?」
今しがた、シイニという名の男性に確認された。
事実を、メイは新しい情報としてすでに受け入れようとしていた。
「キンシちゃん、ずっと痛みをかくしていたのね」
「なにをおっしゃいますか、お嬢さん」
メイが心配をしようとしているのに対して、キンシはごまかすような素振りを作ってみせていた。
「今まで僕が、そんな不安定な状態におちいったことがありますか?」
「……」
あり得るはずの無いことを確かめるようにしている。
しかしながらメイは、魔法使いの少女の確認作業に対して、心からの同意をすぐに用意することができないでいた。
「あ、あれ……?」
予想していた、期待していた反応が返ってこない事に対し、キンシが心外そうな様子を瞳の中に浮かべていた。
「あれれ、もしかして、お嬢さんの目には僕はそんな安定をしない、感じのモノのように見えていますかね?」
「そう、ね……。すくなくとも、高層ビルのじばんほどは安心できそうにないわね……」
キンシの、魔法少女の動揺っぷり、荒ぶる様子を何度も見てきた。
メイは包み隠すことなく、ありのままの事実を目の前にいる本人に伝えていた。
「そうですかあー、僕ってそんなに不安定ですかあー」
他者の目線によって暴かれた自らの要素に、キンシはとりあえず新鮮な驚きだけを口にしている。
話題の中に張られた緊張感が少しだけ緩んでいる。
その空気感を目ざとく察知した、シイニが続けての追及を行っていた。
「とにかく、その左目の義眼は手前と同じ性質を持っている。つまりは、人喰い怪物と同様のメタを含んでいるんだ」
意味合いの事を意味と呼ぶ。
シイニは三度キンシに向けて、確認作業を実行している。
「であれば、だ。今こうして都市にはりめぐらされた結界も、キミの体にとってあまりよろしくない。と思うんだが……どうかな? 間違っているかな?」
問いかけられている。
その頃には、キンシも左手を元の位置に戻していた。
「間違っては、いないですね。古城の魔術式は、ちゃんと僕の左目にも作用しています」
左指の密閉から解き放たれた、キンシの左目が再びシイニの視界のなかへあらわになる。
義眼は最初に出会った時と同じように、赤黒い渦巻を内部にうごめかせている。
シイニは少女の左目を見ている。
そこに埋めこまれている暗黒を見ながら、さらに奥まった質問を少女に差し向けていた。
「だとしたら、いよいよ手前はキンシ君、キミに対して更なる疑いを抱かずにはいられないんだ」
「ほほう? して、それはどのような?」
次の言葉を期待している。
魔法少女に、シイニは確信的な疑問を言葉にしていた。
「君のような、未熟でしかない人間が、このように魑魅魍魎がひしめく土地に暮らしているばかりか、自分とはまるで関係の無い人間のために作り上げられた機構に、日々肉体を擦り減らしている」
真正面、キンシに向けられていた視線がそらされた。
シイニの前輪が左側に、僅かに傾いているのをキンシが両の目で眺めている。
「それで、日々をどうにかやり過ごすだけの糧を得る。怪物という尋常ならざるものを相手に、命を削りながら……。他に頼るべき寄る辺も無いままに、どうしてそんな生活を送っているのか?」
そこで言葉を区切る。
訪れる沈黙。
シイニの、正面に備え付けらえれた警戒用のライトは、左斜め下に傾けられたままとなっている。
「気になってね。出来れば、その詳細について教えてほしい。知りたいんだ、キミの事を」
まるで町中を流れる流行歌の歌詞、恋愛を求める台詞を空読みするかのような。
そんな台詞を後に残したまま、シイニはいったん疑問の手を休ませていた。
世間話の一端でしかないように、ただシイニは少女の言葉の続きを期待していた。
「……」
沈黙が訪れる。
どれだけの長さの時間、こうして話し続けているのだろうか。
キンシは閉じた唇の内側で、ふいに時間の経過具合についてを考えようとしていた。
感覚的には半日以上、ずっと話し続けているかのような感覚を抱いている。
だがそれは錯覚にすぎないと、キンシは想像のなかに並行する形で把握をしていた。
夜はすでに都市の中に訪れていた。
太陽の気配は遠い過去の出来事のように、暮れた暗黒だけが周辺の空気を支配し尽くそうとしている。
ほんの数時間前までは日の暖かさが存在していたなど、信じられそうにない暗闇のなか。
そこで、キンシは自分についての真実をひとこと、打ちあけていた。
「僕のことなんて、知ってもなにも面白くないですよ?」
表情を隠すものはなにも無い。
何にも覆い隠されることなく、剥き出しのままの表情がそこにはあった。
そしてそれはシイニが、自らをそう名乗る男性が今、持ち得ない器官そのものでもあった。
「それでも……手前は、キミの事が知りたいんだよね」
子供用自転車でしかない。
表情の見えない言葉が、一方的にキンシに向けて発せられていた。




