宣伝文句といっしょにヘルシー
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まだ聞きたいことがあるのかと、シイニはキンシの言葉を待っている。
表情は、当然のことながら確認できそうにない。
子供用自転車の姿では、人間らしい感情の形、主に表情による意思の疎通は叶わない。
そこにあるのはゴム製の前輪と、あかりの点いていない警戒用ライトの表面だけだった。
表情が見えないままで、感情を把握しないままにキンシは質問文だけを一方的に相手に伝えている。
「その、魔法使いの方の……名前は──?」
言葉がまだ全て言い終えていない、続きを期待する空白を口元に含ませている。
キンシが全てを言い終えようとした、そのタイミングで彼女の視界に光が大きく明滅していた。
「?!」
キンシは驚いて、身を硬くしながら訪れた変化の正体を探ろうとしている。
そして、その元凶らしきものは、さして時間をかけることなく見つけ出されていた。
振り返る、寄りかかって体重をあずけていた壁。
建物、店舗に電燈が灯りはじめていた。
夜が訪れると同時に、定められた時刻に合わせて都市の街頭が光をはなち始める。
キンシ達がよりどころにしている場所、喫茶店と思わしき店舗にも、夜に合わせた電燈が点いたらしい。
「なんだ、ただの明かりか」
訪れた変化の正体が、ただの日常の風景でしかなかったこと。
そのことをキンシは安堵と共に受け入れようとする。
ゆっくりと瞬きをする。
そうすることで、少女のもとに訪れた変化は、ただの日常の風景へと溶かされようとしていた。
「夜も更けてきたねえ」
シイニが、特に何の感情も抱かせない、ただの日々の呟きのような台詞を言っている。
声がした方に視線を向ける。
するとそこには、都市の外灯に照らされた子供用自転車の姿が見えていた。
一見すると、本当に風景の一部としてしか認識できなくなりそうになる。
喫茶店の暖色な外灯の明かりに照らされる、子供用自転車の影がアスファルトの上に反映されている。
車輪の中身、円形の内側に張り巡らされた金属の骨格。
細い線が重なり合っている。
そこには人間の肉体からは決して生み出されない、細やかな空白がいくつも折り重なっていた。
とても人間の姿とは呼べそうにない。
シイニはそんな姿かたちのままで、キンシに語りかけている。
「それで? 何か聞きたいことは、あったかな?」
「え? あぁ……いや、その」
シイニが前輪を少し右に、キンシが佇んでいる方向に傾けている。
視線、とはっきり分かりやすく表現できるものは、そこには存在していない。
なんと言ってもシイニの体には、眼球と呼ぶべき器官が現れていないのである。
目が無いのならば、視線が存在することも無い。
無い……はずだった。
そのはずなのに、どうしてこうも居心地が悪くなるのだろうか。
目線は把握できないというのに、確実に凝視されているという実感だけが肌を覆い尽くそうとしている。
「すみません……なんでもないです……」
シイニの視線を一身に浴びている。
キンシは謎の緊張感に、何故かいてもたってもいられなくなっていた。
「何を謝る必要があるんだい?」
キンシの様子にシイニが、単純に疑問を抱くような言葉を話している。
魔法少女があたふたとしている。
その合間を縫うように、相手の体勢が崩れた所へシイニは質問のコマを進ませていた。
「まあ、何でもいいけど。次はこっちの番だね」
シイニは前輪と後輪を少し前に回転させる。
喫茶店の壁に寄りかかっている、魔法少女に質問をしていた。
「キンシちゃん、ナナキ・キンシちゃん、だよね」
「はい、僕の名前はキンシです」
名前を、魔法使いとしての名前を呼ばれた。
キンシが、引き続き緊張の面持ちでシイニの方を見ている。
視線と視線、それぞれに大きな欠落が存在している。
互いの点と線が結びついた、繋がりの中でシイニはキンシに問いかけていた。
「キンシちゃん、キミは……どうしてこの町、灰笛に暮らすようになったんだい?」
質問文としては、とてもありきたりなものだったと思われる。
気軽と呼ぶには、いささか力みすぎた気配が感じられる。
修学旅行の先、羽毛布団に包まりながら、意中の異性を互いに打ち明ける女子学生のような。
そんな緊張感が間に流れていた。
シイニの体から発せられた言葉が、キンシの聴覚器官の奥、鼓膜を震動させていた。
「どうして、ですか」
呆けたような表情、口元をポカンと開けている。
様子は一見して質問の意図が分からぬ、愚者の様子を成しているかのように思われた。
だがシイニは、キンシという名の魔法少女の様子から、彼女がしっかりと質問の意図を理解している。
そのことを頭の中、視覚的にも実質的にも隠されている頭、脳裏にて瞬間的に把握していた。
「質問の意味が分からなかったのかな?」
相手の思考をまるで先んじて遮っている。
まるで壁に描かれた落書きの上に、新鮮なペンキを塗り潰すかのように。
シイニが確認をしている、キンシはそれに無言だけを返していた。
彼女の両目、左と右の眼球がシイニを、彼の姿を見つめている。




