君の望むすべてをあげよう
こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。
キンシが、魔法使いの少女が望むべきことはただひとつ。
それは怪物と戦い、その命を奪うことだった。
「武器の感覚が消えてなくなる前に、ここいらでもう一発更けこみたいところですよ」
「そんな、つごうよく怪物があらわれるわけ、ないじゃない……」
ひとりで勝手にウキウキとしている。
そんなキンシに、メイが静かに呆れるような視線をおくっている。
幼い魔女にたしなめられても、魔法少女は己の感情の動きを抑えようとはしなかった。
すでにいくらかの戦闘行為を行った、ゆえの興奮具合、肉の熱がキンシの肉体に生じているらしい。
「そうですよね、その通りです……。こんな大通りに怪物さんが現れたら、それこそ大変な事案になってしまいますよねー」
口先ではそれらしいことを言っていた。
舌の上では普通らしい事を用意している。
あたかも普通の人間、善き一般市民が用意しそうな台詞を回していた。
だがその実は、怪物との戦闘を常に求めている。
欲望と呼ぶにはあまりにも浅ましくて、単純すぎる。
喉が渇いたときに水を求めるように、魔法少女は怪物との戦い、血肉を渇望しているのであった。
右目の緑色はらんらんとした輝きをちらつかせる。
そしてもう片方、左目には赤色の義眼がキラキラときらめいていた。
少女の左眼窩を埋め尽くしている、琥珀の義眼は渇いた血液のような赤黒さを持っている。
義眼を通して、キンシは魔力に満ちあふれた世界を見つめていた。
いつまでもこんな、退屈な時間を過ごしている場合ではない。
こうしてはいられない、つまらないことに時間を消費したくない。
今すぐに、あと一秒も惜しむくらいに、この肉体を自らが一身に望む魔力の本流にひたしたい。
魔法少女は、キンシはただそれだけを望んでいた。
実現するかしないか、すらも関係ないようだった。
戦いを望むこと、そして実際に戦いによって命を奪うこと。
依存していると言えば、それはそれで間違ってはないないのだろう。
アルコール依存症が夜な夜な渇きに身を焦がすように、強迫観念に追われる病人が衝動的な自傷を繰り返すように。
望みそのものに有意義な意味など、ほとんど含まれていなかった。
願望が実現するかしないか、そこに価値はあまり見出していなかった。
怪物を殺すこと。
殺して、皮を剥ぎ、肉を噛み潰し、骨を抉り取る。
そうして、怪物という存在から得られる血液、魔力を搾取せずにはいられない。
それがキンシという魔法使いを構成する、重要な要素の一つとして組み込まれている。
願望と呼ぶにはあまりにも短絡的すぎる、それは食欲のように、生命活動に直結した動作の一つ。
それだけのことに過ぎなかった。
「いますぐにでも、怪物に会いたくてしかたがない。ってかんじねえ」
うずうず、ソワソワとしているキンシに対して、メイがその様子を言葉に表している。
「べつに? そんなことは無いですよ?」
幼い魔女にそう指摘をされた。
キンシはきまりが悪そうに、左の指で頬をぽりぽりとかいている。
「いやですねえ、人をそんな戦闘狂の怪物さん狂いみたいに言わないでくださいよお」
「あれえ? 違ったの、それは驚きだ」
キンシの主張に対して、驚いたような声を発していたのはシイニであった。
「あんなにも楽しそうに、愉快そうに、敵性生物と戦う魔法使いなんて、近年なかなかに見られないというのに」
シイニが驚きを隠せられないとでも言いたげな、そんな雰囲気を言葉の中にたっぷりと含ませている。
これでもしも彼が子供用自転車の姿ではなかったとしたら……。
例えば、気の利いた人間の男性の姿であったとしたら。
目を丸く見開いて、驚愕の表情の一つや二つ、演出してみせたであろう。
それ程に分かりやすく、驚いた気配を言葉の中に含ませている。
シイニの言葉遣いに、キンシは少なからず心外そうな反応を返さずにはいられないでいた。
「シイニさん……貴方の目には、僕は一体どのようにうつっているんですか……? ……いえ、それよりも」
不満を言いかけた所で、それよりも前にキンシは基本的な疑問にぶつかっている。
「それよりも、シイニさんはどうしてそのような姿になってしまったんですか? 僕としては、怪物さんに出会えるか、出会えないかよりも先に、ずっとそれが気になって仕方がないのですが」
「おやおや、それこそ中々に今更な話題だね」
キンシからの問いかけに対して、しかしてシイニは今回はあまり気分を動かされる様子を見せなかった。
「あー……でも、まあ、しばらくヒマそうだし、ここらで一つ自分の身の上話にでも更け込もうじゃないか?」
「老け込む? 誕生日が一度に大量に来訪したんですか?」
「うん、同音異義だね! 老け込むって……老化してどうしようってんだよ。やだよ、オ……手前はまだヤングメンでいたいよ。っていうか、誕生日が大量って、それこそ意味不明だよ」
「おお、丁寧な丁寧なツッコミ、ありがとうございます。おみごとです」
シイニから続けられる追及に対して、キンシがあたかも他人事のように、静かに拍手をしながら賞賛の意味合いを届けていた。




