ベンチの上のためらい
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キンシに勧められるがままに、メイはベンチの上に腰を下ろしていた。
「ほんとうに、いいのかしら……?」
疲れた体を落ちつかせていても、なおメイは心配の色を濃厚に表していた。
不安がっているメイに、キンシは引き続き励ますような台詞を用意していた。
「大丈夫ですってお嬢さん。使っていないものを僕たちが使っちゃいけないなんて、ここにはどこにも書かれていません。なので、大丈夫なんですよ」
「なんともいえない、どうしようもないほどに身勝手な言い分だね」
キンシの述べている内容に、シイニが笑みの含んだ声をこぼしていた。
子供用自転車の姿をしている、彼の言葉をキンシは今は受け流すことにしていた。
「疲れているのは三番目くらいによろしくないことなんですよ」
「ほぅ? して、一番目が気になる所だが……」
シイニから追及されたことも、キンシはやはり受け流すだけであった。
「ここで少しお休みするとして。それはそれとして、この後どうすべきか、ですよ」
メイが座る椅子のすぐ近く、壁によりかかりながら、キンシはここから先の展開についてぼやいていた。
「ナビゲーションが示している場所は、ここでおおむね間違いないようですが。ですが、本当にここで合っているいるんでしょうか?」
不安げにしている。
キンシに対して、メイが椅子の上から疑問を投げかけていた。
「位置的にはほぼまちがいないのでしょう? だったら、ここでまた怪物があらわれるのを、待ちかまえていればいいんじゃないかしら……」
これ以上考えることなど必要ないと、メイは椅子の上で眠気をむくむくと膨らませている。
メイの白い羽毛がぽわぽわと膨らんでいる。
その左隣で、キンシは納得の行かぬ表情を口元に浮かべていた。
「こんなに往来が激しい所で、怪物さんが現れるはずもないんですが」
「そういうものなの? 基準とよべるものが、私にはイマイチ分からないのだけれど……」
メイが疑問に思っている。
その内容に対して、キンシが誰に頼まれるわけでも無く、ひとりでに都市の事情についてを語り始めていた。
「人の往来が激しい場所は、古城が管理している結界術式がきっちり機能しているはず、らしい……ですから、だから怪物さんが現れる余裕なんてないはず。なんですよ」
「ふぅん? そんなしくみがあるのね」
思えば人の往来が激しい場所には、怪物の発現は起きなかったように思われる。
大体が人通りの少ない路地か、人の気配の少ない都市の片隅ばかりであった。
「古城の結界っていうのが、それはもう強力で、とても丁寧な拵えがなされているんですよ」
「そうなの……」
キンシの語りを上の空で聞き流しながら、メイは今まで出会ってきた怪物たちの姿を思い浮かべている。
他のことを考えていた。
いつも通りくだらないひとり語りのつもりでしか、聞いていなかった。
「そのせいで、結界から外れた場所は、つねに怪物さんの危険性にさらされているんですよ」
「……、……え」
魔法少女の声音が急に暗くなった。
「結界が強まる程に、その庇護から外れたものがより強力な危険性にさらされるのです」
陰りの気配にメイが遅れて気付いている。
幼い魔女が見上げている。
その頃には、キンシの表情筋にはいつもの笑みだけが残されていた。
雨の気配が少し強まっている。
ボタボタと屋根からこぼれ落ちる雨水の塊が、アスファルトの上に落ちてしぶきを上げる。
その飛沫がキンシの、暗い色をした少し大きめのブーツを濡らしていた。
「それで、やはりここで待っていないと、ハリさんの依頼内容は実行できそうになんでしょうか?」
キンシがいまだに引きずっている。
疑問に答えているのは、トゥーイの音声であった。
「そうです、ああ。ありますか? チェックする何回が調べるために」
相変わらずの崩れた文法である。
だが状況から鑑みるに、それがキンシの望む答えを否定する意味を有しているのは、確かめるまでもない事実であった。
「はぁーあ、やっぱり待ちあわせはここで間違いない、のでしょうね」
やがてキンシは諦めたかのように溜め息をひとつ、口から大きく吐きだしている。
「では、時が来るまでに待ちぼうけ、しておきましょうか」
そんなことを呟きながら、キンシは上着のポケットから再びメモ用紙を取り出していた。
ハリの筆跡によって描かれている。平面上の景色と、現実に見ることの出来る立体的な風景を見比べている。
「ハリさんの依頼は、とりあえずこの場所で終了をすることになっています。ですが……本当に現れるんでしょうか?」
キンシがそこはかとなく不安を口にしている。
それに、メイはどこか上の空で返事をしていた。
「それも、待ってみないと分からないわね……」
曖昧な返事しか用意できない。
この状況に、キンシは静かな様子で不満をこぼしている。
「せっかくイイ感じに怪物さんと出会ってきたんです。どうせなら、このまま……──」
キンシはあえて言葉を中途半端なところで区切っている。
全てを明かすまでもなく、魔法少女が望んでいることは分かりきったことであった。




