そんなに珍しいことでもない
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「でもそんなに驚くようなことでも無いだろう?」
戸惑っているメイに対して、シイニが当たり前の事実、のようなものを見せようとしていた。
「異世界からの来訪者なんて、この町……灰笛じゃあ、不法投棄された自転車と同じくらい。……いや、あるいはそれ以上に、ありきたりなものでしかないんだろう?」
シイニが、子供用自転車のような姿、あからさまにこの世の人間とはかけ離れている。
そんな姿で、小鳥のような形をもつ魔女に、この世界に存在する事実についてを語っている。
「かくいう……手前だって、広い意味で考えればこの世界の住人とは呼べないのだけどな」
「ええ……もちろん、それは知っているわ……」
異世界から、何かしらの手段を実行して、この世界に訪れた。
その条件にあてはまる物質、存在、可能性はこの世界にとってすでに、利用すべき資源の一つとされていた。
「怪物さんも、広い意味で考えれば異世界転生によって、この世界に現れた物質になりますね」
メイが再確認しようとしている内容を、キンシが横から介入するように補足していた。
「魔力鉱物も、もっとひろーい意味で考えれば、異世界転生の一つになりますねえ」
「つまりは、割となんでもオッケーってことだよな」
キンシが一から全部まで説明しようとしたことを、シイニは途中で区切るように要約していた。
話題を中断させられた、魔法少女がまるい眼鏡の下の目線に不満げな色を浮かべている。
少女にジロリと見つめられている。
シイニはお構いなしといった様子で、話題の締めくくりを言葉の中に用意しようとした。
「ともかく、その首輪みたいな機械を直せられる技術は、まだこの世界には存在していないってことになるんだね?」
この場面に相応しいとされる結論を、とりあえず口頭で用意できる言葉の中に結び付けている。
「そういうことになりますね」
一方的にまとめられた。
キンシは語り足りないと言った様子で、しかしながら、今はじっと口を閉じて我慢の様子を示していた。
そうこうしているうちに。
「と、もうそろそろナビゲーションが示している場所に着きそうですよ」
首輪型の、発声補助機能付き(ただし今は故障中)の機械を携えながら、キンシはたどり着いた場所を視界のなかに認めていた。
そこはやはり灰笛という名前の地方都市、そこに組み込まれる場所には変わりなかった。
ただ今までの道すがらと大きく異なっているのは、その場所が今までのような人通りの少ない路地とは異なり、人の往来がそれなりにある場所であることだった。
「この辺りで、間違いないんだよね?」
シイニが問いかけている、それに対してキンシが同意の返事を彼によこしていた。
「そうですね、その筈ですよ」
時刻はすでに夕を越えようとしている、暮れかけの太陽は雨雲に夜の暗黒を予期させた。
暗がりのなか、建物に備え付けられている暖色のライトが、キンシの白い頬を照らし出している。
「ですが、もう少し別の場所を探した方がよろしいんじゃないでしょうか?」
この場所をあまり好まない。
キンシがいつになく弱々しい声音で、自分の周辺に要求のようなものを伝えていた。
ここからさらに移動をしようとしている、魔法少女に対してシイニが否定の意を返している。
「なに言ってんのさ、ナビゲーションはここで止まっているんだろう?」
「ええ……そうですけれど」
「だったら、ここからムダに動く必要も無いんじゃないんかね?」
「ええ……そうなんでしょうけれども」
もっともらしい説得を試みても、キンシの表情は陰りをより濃くするばかりであった。
魔法少女と自転車の彼が、そんなやりとりを交わしている。
その間に、メイは歩行によって肉体に累積した疲労感を、それとなくごまかすための手段を講じていた。
「ふーう……ちょっと、ちょっとだけ疲れちゃったわ」
体の小ささもさることながら、元の体力の少なさも関係してくる。
メイは自分の体力の無さに、いくらかの情けなさを奥歯で噛みしめている。
「私も……、キンシちゃんやトゥみたいに、毎晩のトレーニングをしたほうが、いいのかしらね……」
毎夜の行動についての相談事をしている。
魔女がそうひとりごちている。
それを聞いた、トゥーイは如何ともし難い感情を瞳の中に浮かべていた。
「…………」
「……んんー、やっぱりせめて声をだしてくれないと、そろそろさみしくなってきたわね」
曲がりなりにもトゥーイの音声代わりになっている、首元の機械が失われていることは一抹の寂しさをおぼえさせるものだった。
壊れかけの機械ではあるものの、その存在はすでに魔法使いたちの日常生活に組み込まれている。
「キンシちゃん、そろそろトゥに首輪をかえしてあげたら?」
「ん? ああ、そうですね、そうしましょう」
メイにそう提案をされた。
キンシは思い出したかのように、手元にある首輪を青年の方に戻している。
「はいどうぞ、トゥーイさん」
「…………」
キンシから首輪を受け取った。
トゥーイは小さくうなずくと共に、その手の中に取り戻した首輪を首に巻き直している。
浮上させていた電子画面を、指の微かなスライドで消去している。
画面が消えた。後に残されていた冷たそうな金属質な塊を、トゥーイは首元に近づけさせている。
雨に冷やされた金属が、首元の柔らかな皮膚に触れ合っている。
うなじ当たりの髪の毛をかき分け、後頭部の下あたりに器具が留まるように密着させている。
「トゥ、どうかしら……?」
メイが紅色の瞳でトゥーイのことを見上げている。
幼い魔女に問いかけられた、青年魔法使いは首元に戻した発声補助装置で返事を寄越していた。
「ありませんこれで、悪いことは何も」
電子音のブツ……ブツとしたかすかな断絶と共に、掠れ気味の青年の声が首元の装置から発せられていた。
トゥーイが声を、壊れかけの言葉を取り戻していた。
それを確認した、メイは次に自分の体を休ませるための場所を探そうとしていた。
「さて、と……。私も、ちょっと休憩したいところね……」
メイが疲労感のにじむ声音を発している。
それを聞いた、キンシが早速彼女の様子を心配する動作を起こしていた。
「でしたら、そこの建物のベンチを使ったらどうですか?」
さして長く考えずに、キンシは視界のなかに認めた椅子に座ることを、メイに提案している。
キンシの左指が指し示している、そこはとある店舗の外側に備え付けられている椅子だった。
営業中の看板が照らし出されている。
気がつけば周辺はすっかり暗くなっている。
ゆっくりと、確実に這いよる暗黒が景色を包み込む。
夜の気配がより濃厚なものになりつつある。
暗がりのなかで、そのテンポの電灯が照らしだす暖色の電灯が、見るものに近づき易い雰囲気をかもしだしている。
「ここに……?」
キンシからそう提案をされた、メイはしかしながら少女の提案に困惑するしかなかった。
「勝手にすわっても、いいのかしら……?」
そこはどう見ても店舗の、他者の領域に属する備品であるらしかった。
それを無断で使用することに、メイが常識的範囲内でかすかな拒絶感を示している。
幼い魔女が座ることにためらっている。
その様子をみたキンシが、あっけらかんとした様子と表情で、言い訳のような台詞を発している。
「大丈夫ですよ、もうまんたい! お店の人に怒られるよりも、お嬢さん、あなたの体にひび割れが生じることのほうこそ、大問題ですよ」
なによりもメイの体を休ませることを優先しようとしている。
キンシの動作は、今この瞬間だけでは何ものにも恐れない、そんな勇敢さが現れていた。




