日が暮れるころには怪物も目覚める
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空から降る雨がキンシの体を濡らしている。
上を、空を眺めていれば、眼鏡のまるいレンズに雨の雫が小衝突を繰り返している。
雨雲に隠されているため、肉眼で日のかたむき具合を確かめることは出来そうにない。
だが、隠されていようとも、少なくとも魔法使いにはあまり関係がなかった。
キンシはこの土地に暮らす魔法使いらしく、雲の向こう側に秘められた太陽の気配を肌に感じ取っている。
「もう、午前もとうに終わりを迎えていますね」
空を見上げながら、キンシは時間の経過具合についてを呟いている。
「え? そうなのかしら」
魔法使いの少女がそう語っている、それを聞いたメイが手早く正確な時刻を図ろうとしていた。
「現在の時刻は……──」
幼い魔女のそんな動作を見て、トゥーイが首元に巻き付けてある機械にて、現在の時刻を彼女に伝えている。
青年からの情報を聞いた、メイはすでにこの場に存在している事実に大きく目を見開いていた。
「あらやだ、もうそんな時間になるのね」
怪物との戦闘を繰り広げていたために、時刻の経過について考えがいたらなかった部分がある。
メイが周辺に目線を巡らせながら、すでに暮れようとしている明るさに焦燥感のようなものを抱こうとしていた。
しばらく周辺を、灰笛という名の地方都市の、なんの変哲も無いように見える風景を眺めていた。
少しだけ経過したあとに、メイはキンシにうかがうような視線を送っている。
「どうするの? 今日はこのまま、おうちにでも帰るのかしら?」
幼い魔女が小首をかしげて問いかけている。
それに対し、キンシがすぐに返事を寄越していた。
「いいえ、まだ探し続けますよ、僕は」
魔女の紅色をした瞳から発せられる視線を浴びながら、キンシは自分の起こすべき行動をすでに選び終えていた。
「そう……」
魔法少女からの返事を受け取った。
メイは言葉で明確に同意を伝えることをせずに、行動のなかで静かに同調だけをしていた。
「それにしても、この後はどこに向かえばいいんでしょうねえ」
再び歩き出した、道の上でキンシは今更ながらの疑問点を唇に呟いている。
その左手にはメモ用紙が、ハリという名の古城の魔法使いから預かったイラストレーションが握られている。
「せめて、その絵にかかれている場所がどこなのか、分かればいいのだけれど……」
ペラペラと少女の指のなかでひらめくメモ用紙を見上げながら、メイがそれらしい意見のようなものをポツリポツリと語っている。
彼女らのやりとりを聞いた、そこにシイニが再びの介入をしてきていた。
「せっかくなんだ、手前にもそのメモ用紙とやらを見せてくれはしまいか?」
「ええ、いいですよ?」
提案の意味も分からないままで、キンシはとりあえずシイニの要求を聞き入れている。
メモ用紙の一枚をシイニのライトの部分、おそらくは彼の視界の中心点にあたる場所に移動させている。
メモの内容を彼に見せながら、キンシは改めて周辺の光景に視線を巡らせている。
「このあたりは、僕もあまり歩いたことが無い場所ですね。土地勘といえるものも、なにも無さそうです」
「あら、そうだったの?」
キンシから明かされた内容に、メイが意外そうに目を少し見開いていた。
「キンシちゃんのことだから、この灰笛のことならなんでも、ぜんぶ知っていそうな気がしていたのだけれど……」
それが勝手な期待でしかなかったことを自覚していながら、それでもメイは同時に当てが外れたことに失望めいた感情を抱いていた。
魔女が残念そうにしているのに対して、キンシは言い訳のような語調で返事を寄越している。
「そんな、僕を便利な地図アプリみたいに思ってたんですか」
あまり人の往来の無い道の上を歩きながら、キンシは魔女が自分に対して抱いていたイメージ、その存在に狼狽のようなものを覚えている。
出来ないことをここで改めて知らしめられた。
そのことに絶望感を抱こうとする。
だが、それよりも先にキンシは一つのアイディアにぶつかっていた。
「あ、そうです、そうですよ」
たった今新しい事実に気付いたかのようにしている。
それと同時に、すでに知っていた事実を再発見したかのような、そんな懐かしさがキンシの胸の内に浸透していっている。
「トゥーイさん。あなたの首に巻きつけてある機械で、この場所の検索をしてみればいいんですよ」
キンシからそう提案をされた。
言葉を受け取った、トゥーイが無言のなかで首を上下に振っている。
「…………」
「そうですか、そうですよね?」
無言のようにしか見えない。
一見して無関心を装っているように見える、しかしながらキンシは青年の反応に同意の気配を読み取っていた。
それが魔法少女の一方的な思い込みであったのか、そうでないのか。
いずれにしても、少女はすでに考えを実行に移さずにはいられないようであった。
「そうと決まれば、早速検索をかけましょう。そうしましょう!」
言うや否や、キンシはトゥーイの首元にサッと手を伸ばしている。
他者の手が首元に触れようとしている。
トゥーイはそこに拒絶感を覚えるよりも、それよりも少女の行動を優先するように、ただ沈黙を唇に湛えているだけであった。




