道案内はメモ用紙1枚にまかせよう
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何故か、謎に擁護の意見を用意しようとしている。
キンシの様子が、どうにもメイには形容しがたい不満感を呼び覚ましていた。
「なんなの、もう……」
メイはキンシから、メモ用紙の一枚をひったくるようにする。
そしてあらためてその一枚に記されている内容を、紅色の瞳でしっかりと読み取ろうとした。
椿の花弁のような、鮮やかな紅色を持つ虹彩が伸縮を繰り返す。
かすかな動作のなかで、やはりメイはメモ用紙の内容に対し、先ほどとほぼ同様の感想を述べていた。
「なんなのかしら……これは? 私には、へたっぴな落書きにしかみえないのだけれど?」
「落書きに上手い下手なんて、関係ないと思いますけどね」
「揚げ足をとるんじゃないの、いまはそういう話をしているんじゃないでしょう」
「はい、すみません」
キンシの反論を、メイは取りつく島も無いように否定している。
幼い魔女がいきり立つようにしている、問題のメモ用紙をキンシは彼女の手から、そっと取り戻している。
再びペラリとした紙に視線を落とす。
キンシの新緑のような緑色をした瞳が、瞳孔を縦に細く伸縮させている。
魔法使いの少女が見ている、メモ用紙には大量の線によって描かれたまちの俯瞰図のようなものが描かれていた。
描写は丁寧かつ繊細で、おそらく鉛筆で描かれたであろう、イラストはかなりの精度で正確に風景を模写している。
これに「へたっぴ」という評価を下した魔女の意見こそ、キンシしてみれば信じ難いものでしかなかった。
気分が動転しているのかもしれない、だから冷静な視点を失いつつあるのだ。
と、その様に客観視を作ろうとする。
しかしながらそうしている内に、キンシの方でも別の意見が膨れ上がろうとしていた。
メモ用紙に記されているのはいわゆるイラスト、絵だけであった。
つまりは、道案内に必要とされるべき場所の情報が、ほとんど記載されていないに等しかった。
かすかに確認できる情報としては、イラストの空白にミミズがのたくったような字で、「ここ」だとか「あそこ」とだけが走り書きされている。
まるでマンガの台詞のように、絵の邪魔にならない程度に配置されている。
確かにそのメモ用紙は、地図と呼ぶにはあまりにも情報が少なすぎているのかもしれなかった。
ただのイラストレーションに悩まされている。
魔法少女と魔女が、為す術もなく、ただひたすらにアスファルトの上でうろたえている。
「そんな、深く悩むことなんて無いんじゃないかい?」
そんな彼女たちの様子を眺めていた、シイニが車輪を回転させながら彼女たちに話しかけている。
子供用自転車の姿をしている、シイニはすでに捕食器官を自らの空間の中に仕舞い終えていた。
「こうして同業者……人喰い怪物の気配をテキトーに追っておけば、いずれかはその魔法使い殿が依頼した内容を、全部処理することができるんじゃないかね」
シイニはそう言いながら前輪、ライトがある方の車輪をクイ、と右に傾けている。
おそらくは彼の視点が向けられているであろう、その方向ではトゥーイが怪物の骨を片づけているのが見えていた。
「…………」
殺した怪物の死肉はすでに灰になった。
後に残された骨を、トゥーイは適切な大きさに砕きながら、リュックサックの中に収めている。
魔術式によって内部が拡張された、リュックサックは水を飲み込むようにスルスルと、大きな骨を内側に吸い込んで行っている。
特になにを言うでもなく、ただ目の前の作業に集中をしている。
魔法使いの青年から視線をそらし、シイニは再びキンシらがいる方向に視点を向けている。
「それに、手前もこうしてキミたちの後を追いかけていれば、目的の場所を見つけ出す間にヒマしなくてイイ感じ、だしさ」
姿かたちが子供用自転車であるがゆえに、そこに人間らしい表情を見出すことは出来ない。
であるにもかかわらず、シイニは声音だけで自らの感情を見事に表現している。
いかにも楽しげな声音を使っている、そんな彼にキンシは途方に暮れるような声音を発していた。
「楽しむのは結構ですが、このままだと僕らの目的が解決しにくくなってしまいますよお」
目的とはつまり、ハリから……「古城」という組織から下された怪物の討伐依頼のこと。
すでに契約は済まされている分、頼まれた全てを解決すれば、キンシら側の報酬はかなりのモノを期待することができる。
そういった面を踏まえても、古城からの依頼を速やかに完遂することは、ここ最近のキンシにとって優先巣すべき事柄でもあった。
「これじゃあ、無事に依頼を全部片付けるころには、雨が止んで日が七回沈んでしまいます」
時間の経過を不安視する言い方を使いながら、キンシは視線を空の方に移動させている。
魔法少女がぼんやりとした様子で空を見上げている。
そこには相変わらずの雨雲、濃い灰色をした水蒸気の塊たちが、青空をみっちりと隠している。
雨雲に化粧を施された、空からはポツリポツリと雨の粒が落ちてきている。
不規則なリズムで頬を濡らす。
水の感触は虫の足取りのような、不透明な間隔を刻み込んでいた。




