気持ちよく肉を撫でる命令文
ハラハラ、
少年と同じくらいの若さのある魔法使いは、希望にすがるような声で問いかけた。
「君は治癒魔法が使えるのかい?」
治癒魔法とはそのままの意味として人の体の調子を整える、魔法技術の一つである。
魔法使いが職業として普及している灰笛において、人体に強く影響を与える魔法というものはとりわけ特別な位置に属しており、その使用には然るべき資格が必要になるのだが。
しかしキンシは頭の中に違和感を覚えてしまう。
目の前の、彼方の存在すらもよく知らないような少年が、ものすごい量の知識と技能と経験を持って初めて使えるようになる治癒魔法を使えるとは、到底思えなかったのだ。
ルーフは幼子から目を離し、じっと自分を観察しているキンシを見つめ返す。
その瞳には柔らかな否定がこめられていた。
「俺は魔法を、人を癒すための魔法の使い方は知らない。俺は、な」
ルーフは「俺」という主語を微妙に強調した。
と、いうことは?
キンシがその答えを導き出すより先に、ルーフは手早く行動に移る。
「メイ」
彼は感情の読み取れない平坦な声で妹の名を呼ぶ。
幼子の観察及び看病をしている間ずっと兄の体にへばりついていた幼女が、兄の声に反応して肩を震わせる。
ルーフは妹の返事を待つことなく彼女に命令した。
「頼む、お前の魔法でこのオチビを[ある程度まで]治してくれないか」
彼の命令文にまず最初に驚いたのはキンシだった。
今、この仮面君は何と言ったのだろうか?
治す? 魔法で?
そして次に少年のそばにいる幼女の様子をうかがう。
彼女もまた兄から下された命令にひどく戸惑っている。
だがその瞳に浮かんでいるのは出来もしない無茶ぶりへの困惑などではなく、もっと別の、
なんと言うべきか………、
保護者から信号無視程度の悪事を指示された子供のような、反発に似た困窮といったほうが正しい感じがした。
「メイ」
薄桃色の唇を横一文字に閉じている妹に、ルーフは優しさのある声音で若干ぎこちなく語りかける。
「お願いだ、魔法を使ってくれ」
語調は春風のように柔らかくとも、それはあくまでも妹に対する命令に変わりはない。
「で、でも………」
兄からの要求に、妹は決意を抱きかねていた。
彼らとの間に緊張感が走る。
他人には踏み込み難い、何かしらのルールの匂いをキンシは感じ取り、好奇心にはやる気持ちを押し殺しながら黙って兄妹の様子を見守る。
ルーフは仮面の下の目を細め、いたって優しげに妹へ言葉を重ねる。
「お願いだ、疲れているかもしれないが、治療の魔法を使ってほしいんだ」
彼はまるで自分自身がだれよりも強く望んでいるような言い方をした。
「大丈夫、いざとなったら俺が何とかするから」
甘みのある責任転嫁を添えて、兄は妹に要求をしていた。
いざとは、いったい何なのか。
キンシはそこはかとなく嫌な予感が背筋を這い登ってくるのを皮膚で感じ取る。
と同時に
「わかりました、お兄さま」
彼女もまた冷たい決意を決めることにした。
短い、ごくごく短い契約のもと、幼女が幼子に覆いかぶさる。
自転車に乗りました。




