貧血気味な魔法少女
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キンシはゆらゆらと体を揺らめかせている。
まだ完全に体力が回復しきっていない。
そんな体でありながら、キンシは目の前の事象を積極的に片付けようとしていた。
「さて、プランクトンさんが集まってくる前に、怪物さんが残したものを片さなくてはなりませんね」
おぼつかない足取りで、キンシは怪物の死体が転がっている場所に近づいている。
少女の揺らめく体を、メイは不安のなかで見つめている。
幼い魔女が心配を向けている。そのことに気付かないままで、キンシは上着のポケットからマッチの箱を取り出していた。
それは怪物の死肉を燃やすための燃料であり、キンシは迷いの無い動作で火をつけようとしていた。
箱から小枝のような棒をつまみとり、先端の丸い燃料の塊に摩擦熱を与えようとする。
マッチを擦る、だが実際に指を動かすよりも先に、キンシはふと何かに思い当たっていた。
「あれ、でもすでに骨は剥き出しになっていますから、火葬で分解しなくてもよろしいんじゃないんですか?」
マッチの炎で怪物の死肉を燃やすことは、その体内に含まれる魔力鉱物を抽出するという、そんな役割を持っている。
だが今魔法少女の目の前に転がっている怪物の死体は、すでに自発的に肉と骨を分離させていた。
薄桃色のマシュマロのような肉は、骨格を失っていくらかその膨らみを喪失させている。
マシュマロの肉片からはみ出ている、黒い骨は魔法使いと魔女の攻撃によっていくつか損傷を被っていた。
「この顎のある骨が、鉱物という事になるんでしょうか? どう思います? トゥーイさん」
キンシに質問をされた、トゥーイが右の指で顎をさすりながら少し考える。
考えた後に、トゥーイは首元に巻き付けた発声補助装置で返事を寄越していた。
「触れた可能性は少し考えられます、どうなりますか? かなり」
とても意思疎通ができそうにない、崩れた文法であった。
だがキンシは何ごとも無さそうに、平静とした様子で青年の言葉を受け入れている。
「ええー……、嫌ですよお。怖いからトゥーイさんが先に触って確かめてくださいよお」
どうやら魔法使いたちは、怪物の死体を子細に確認するかしないか、についてを相談しあっているらしい。
未知なる存在に怯えている様子は、さながら「普通」の一般市民のような雰囲気さえ感じさせる。
「なにをそんなにためらう必要があるのかしら?」
魔法使いたちが逡巡していると、メイが彼らの様子を不思議そうに眺めていた。
「さわりたいなら、さわればいいのよ」
思うがままのことを口にしながら、メイは平坦な様子で怪物の死体、黒い骨の辺りに触れていた。
幼い魔女の白い、羽毛の生えた指が、怪物の黒い骨格に這わされる。
「お嬢さん?! 危ないですよ」
メイの行動をキンシが驚いた目で見ている。
「僕時々、あなたの勇気の居所がよく分からないです!」
畏怖なのか賞賛なのか、あるいはそれらとまったく種類の異なる感情なのか。
どちらにせよ、魔女にとってはあまり重要な問題ではないように思われた。
「死んだモノよりも、生きているモノのほうがずっとこわいじゃない」
「それは、そうなんでしょうけれども」
メイの持論に、キンシは上手く同意が出来ないでいる。
魔女にしてみれば、魔法少女の感覚の方が不可思議で理解し難いもののように思われてしかたがなかった。
だが、いまここで認識の共有をする訳にはいかない。
そんな暇はなかった。
いずれにしても、メイは魔法少女の言葉を無視するように、怪物の骨に触れている。
「……んん?」
実際に触れた、感触は意外にもざらざらとしている。
と思えば、メイの指先の動きだけで破片がポロリ、とほぐれてしまっていた。
それはあばら骨の辺りで、そういえばそこはトゥーイの足によって粉々に砕かれていた。
骨の破片を見やる、メイは黒い表面の下に透き通る輝きが光るのを見た。
骨の内側に潜む、それは魔力鉱物の一種であった。
魔力を含んだ鉱物、透明の中にいくつもの屈折が含まれている。
メイがそれを上に、雨雲から降り注ぐかすかな日光に照らしあわせている。
彼女が見惚れていると、左側の聴覚器官にキンシの声が届けられていた。
「それなりの品質の魔力鉱物ですね」
「そう、なの……」
幼い魔女は実質的な価値を聞くよりも、いま目の前にある輝きに強く注目をしている。
「これだけのものだと、飛行車五十台のエネルギーをまかなえるはずですよ」
「そんなに……?!」
鉱物を指先に、メイは視線を空のうえに移している。
そこには飛行機能を携えた車両が、風を切りながら都市の上空を行き来しているのが見えた。
あの空飛ぶ車が魔力鉱物のエネルギーでまかなわれている、そのことはメイにもすでに知っている事実ではある。
だがこうして、エネルギーのおおもとを目の前にすると、どうにもその実感が湧かない気がしてならなかった。
「あー………いや、さすがにこの基準は大げさだったかもしれませんね……」
幼い魔女があからさまに驚いているのを見て、キンシは慌てて表現に規制を入れている。
「何にしても、骨が分離しているので、あとは肉を燃やせばいいんですよね」
キンシはおそるおそる怪物の死体に触れている。
生きている時よりも、死んだ後の事に怯えている。
メイが魔法少女の感覚について、ようやく疑問のようなものを考え始めている。
その左隣で、キンシは怪物の死肉の取り扱いについて思考を巡らせていた。
「マッチで燃やすのも一つの手段……なんですが。しかしながら、肉を燃やすためだけに貴重なマッチを消費するのも、なんだかな、って感じなんですよね」
キンシはまるで誰かに語りかけるようにしている。
事実、キンシの近くにはメイが立っているので、ちょうど彼女に語りかけるような格好にはなっていた。
キンシのためらいに対して、メイが首をかしげて疑問を口にしている。
「そんな、マッチ一本つかうのに、なにをそんなに迷っているの?」
魔女からの問いかけに対して、キンシは目を大きく見開いて反論をしていた。
「そりゃあ、もちのろん。このマッチは、ただのマッチとは異なり、怪物さんの魔力を分解させるための、特別な燃料が使用されているんですよ」
若干早口気味に、マッチについての情報を語った。
その後に、キンシは簡潔な言い方でマッチの価値についてを要約している。
「僕のような三下が、気軽に乱用してはらない。いわゆる高級品、なんでございますよ」
そう締め括りながら、キンシはマッチの小箱を軽く振っている。
少女の指の動きに合わせて、小箱の中身が揺れ動く気配がかすかに聞こえてきた。
カタカタ、カタリ。
軽い音は中身の不十分さ、すでに多くが使用されていることを想起させる。
「そう……」
メイが納得をしている。
その頃には、怪物の死肉にはすでに多くの小虫らしきものが集まりつつあった。
小さな翅をもつ、それらはプランクトンと呼ばれる極小サイズの怪物の群れだった。
誰に命令されるわけでも無く、ほぼ本能に近しい形として、群れは大賀型の怪物の死肉にたかり始めている。
「どうしましょう、燃料を優先するべきか、肉の鮮度を優先するべきか」
キンシが問いかけている。
誰に向けたものでもなく、自分自身と相談をするかのようにしている。
解答を期待していない問い。
だが、そこに明確な答えを返す声がった。
「ここは、肉の鮮度を優先しようか」
シイニがキンシにそう提案をしていた。
「え?」
疑問を呈した本人でありながら、キンシはシイニがなんのことを話しているのか、即座に理解することができないでいた。




