子供用自転車は傷つけてはならない
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「かくれていた、ってワケでもないんじゃないかしら。ねえ、シイニ」
メイが疑問を口にしている。
幼い魔女に名前を呼ばれた、子供用自転車の姿をした彼が、警戒用ライトをメイの方に向けている。
明かりのついていないライトがジッと見つめる、その先でメイは記憶を検索していた。
「私が銃で怪物をうつとき……シイニさんが、サポートをしてくれたじゃない」
メイが思い出している。
紅色をした瞳が少しだけ過去の事を思い返している、その姿を見て、シイニが車輪を少し前に回していた。
「ああ、あれはですね、何も特別なことはねえんだよ」
戦闘中に自らが行った事項を、シイニは改めて説明している。
「メイちゃんが持っている拳銃の、元から組み込まれていた魔術式を表に引っ張り出してきたにすぎないんだから」
「そう……なの」
シイニにそう説明をされた。
メイは右の手のひらの中に、拳銃のような形をした武器を見下ろしている。
「もらいものだから、私にもよく分かっていなくて……」
いまさらになって、メイは自身が武器を使いこなせられたことに、静かな驚きを抱いている。
「君の腕なら、もっと高い水準の技巧が使えるようになるはずだよ」
幼い魔女の技量に期待のようなものをよせている。
シイニとメイがやり取りをしている、そのすぐ近くで魔法使いたちは怪物の死体の処理に取りかかろうとしていた。
「肉と骨が分離しているので、処理は簡単にすみそうですねえ」
怪物の死体を見下ろしながら、キンシはトゥーイにそう話しかけている。
少女が見上げている。
右と左でそれぞれ色も性質も異なっている眼球が、青年の顔を見つめていた。
「……ねえ、トゥーイさん」
「…………」
見つめているなかで、キンシはトゥーイに秘密のようなものをうちあけている。
「まだ作業は残っていますけれど、僕が不安に思っていることを、ここでお話してもよろしいでしょうか?」
キンシにそう確認をされた。
トゥーイは無言のまま、首を一つ縦に動かすことで同意を表していた。
「怪物さんが、僕のお肉を食べた。……これについて、なにか違和感を感じませんか?」
まだ完全に出血が止まっていない左わき腹を抱えながら、キンシはいつも以上に顔色の悪い様子で怪物の死体を見下ろしている。
右目の緑色をした瞳には、いつものような好奇心、ある種の活力のようなものがまるで感じられそうにない。
負傷の具合が見た目以上に深いのか、あるいは抱いている懸念の存在が大きいことが考えられる。
「どうしたの? キンシちゃん」
拳銃をポーチの中にしまい込んだ、メイが魔法使いたちの方に近づいている。
近付いてみると、キンシはまだトゥーイの腕の中に抱え上げられたままになっていた。
左わき腹の一部を怪物に食い千切られているのである。
下手に無理をするべきではい、トゥーイは当然そのこと考慮して、キンシの体を腕に抱え続けているのだろう。
しかしながら、魔法使いの青年の心遣いが、魔法少女の心にも共通しているとは言えそうになかった。
「怪物さんが獲物の肉を食い千切るだなんて、聞いたことも、見たことも無いですよ」
まさに自分自身がその被害をこうむったにもかかわらず、キンシはどこか他人事のように、未知なる事象について関心を深めている。
「それが、そんなにめずらしいことなの?」
タラリタラリと、血を流し続けているキンシの様子に不安を覚えながら。
それでもメイは、魔法少女が語ろうとしている内容に耳を傾けている。
そうでもしないと、この魔法少女の好奇心は止まらないことを、すでに魔女は理解しつつあった。
「そうですよ、これはとても珍しいことです」
メイからの反応を耳に聞いた。
キンシはさながら水を得た魚のように、つらりつらりと目の前の事象に対する違和感を訴えかけている。
「怪物さんの……そう呼ばれる生命個体に含まれる危険度はそれぞれ異なっていますが。歯という捕食器官を使用した記録は、少なくとも僕が知っているなかではほとんど確認されていないはずなんですよ」
自分の記憶を随時確認、参照にしながら、キンシは自らが対面した怪物の異常性を主張している。
「それもそのはずで、通常怪物さんは捕食対象、僕らのような人間の肉や骨ではなく、血液を求めて捕食行為を行うんです。血が欲しいから、出来るだけ損傷を起こさないようにする、といった行動がいくつか確認されているんです」
語るなかで、キンシの両目がメイの方に差し向けられている。
右目、左目に埋めこまれている義眼が、幼い魔女の姿をとらえていた。
「被害件数から調べてみても、基本は丸呑みが多いですね。メイさんが初めてこのまちで、怪物さんに襲われた時も、丸呑みにされていましたよね」
深い、黒に近い赤色の琥珀の義眼は魔女の体を見つめている。
酸素濃度の低い血液のような、そんな色をしている。
偽物の眼に見つめられていると、メイはなぜだか羽毛を膨らませずにはいられないでいた。
「そうね……そんなこともあったわね」
思い出すまでもなかった。
キンシが語っている出来事は、すでにメイのなかで恐怖を伴い、彼女の警戒心を形成している要素の一つとして組み込まれているものであった。
今更なことを思い出している。
するとシイニが事情を知らぬままに、展開を先に勧める要求を彼女らに伝えていた。
「思い出話を突き付けあうのは勝手だが、そんなことよりも、早いところ怪物の死体を処理した方がいいんじゃないか?」
子供用自転車の姿から、チリリン、と警報鈴の音色が奏でられている。
シイニにそう指摘をされた、キンシはたった今思い出したかのように、瞳孔を丸く広げていた。
「そうでした、そうです。早くお片付けをしなくては、プランクトンさんが死体に集まってきてしまいます」
プランクトンと呼ばれている、微小な怪物が死肉を求めて集まることを危惧している。
キンシはトゥーイの腕のなかで体を動かそうとした。
だが、そこでキンシは激しい痛覚と共に、自身が深度の負傷を起こしていることを思い出させられていた。
「うぐ……つ痛……っ」
「ああ、だめよ、そんな体でヘタにうごいちゃ……」
まだ出血が止まっていないというのに、むしろ今までどうして平気な表情を浮かべられていたのか。
そちらの方が、メイにしてみれば不思議なことに思えてしかたがない。
しかしながら疑問をあえて言葉にすることなく、メイは少女の動きを静止する方に強く集中しようとしていた。
「あとの処理? なら……私たちだけでもできるはずだから。だから、あなたは……」
どうしていればよいのか?
とっさに言葉を考えようとしてみたものの、メイは自分の中にキンシの容体を改善できるような案が用意できていないこと。
そのことを、ひとり理解し尽くしてしまっていた。
幼い魔女が言葉に迷っている。
すると、彼女よりも先にトゥーイがおもむろに行動を起こしていた。
「…………」
唇にいつもの沈黙を湛えたままで、トゥーイは腕の中に抱えているキンシの体を、そ……とアスファルトの上に降ろしている。
「トゥーイさん?」
キンシが疑問の呼びかけをしている。
その声を聞いていながら、トゥーイは自分の行動をあくまでもこの場の最優先事項としていた。
トゥーイがすたすたと近付いている、そこは怪物の死体が転がっている場所だった。
横たわっている、薄桃色の肉からはみ出ている黒い骨の部分を、トゥーイは見下ろしている。
トゥーイは顎の部分を少しだけ睨むようにして、そのすぐ後に骨のなかの別の場所に注目していた。




