狙いを済まして心臓
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シイニの声がした、メイはとっさに彼の姿を視界のなかに探そうとしている。
子供用自転車の姿をした、油断ならない男性のことを見つけようとした。
だが、幼い魔女の動向をシイニの声が制止している。
「今は、それどころじゃないだろう?」
そう言葉を発している。彼が語っている内容はおおむね正しかった。
今は戦闘の場面であり、メイはまさにこの瞬間にて、怪物の体に銃弾を撃ち込もうとしているのである。
余計なことは考えない。たとえいずこからシイニの声が聞こえているとしても、今は怪物のことを考えるしかないのである。
標準に目をこらす。
するとそこに、光の輪のようなものがいくつも現れていた。
「……?」
メイが驚いていると、再びシイニの声が彼女の耳に届けられる。
「簡単な魔術式だ、その銃に組み込まれている術式を、再起動させただけだ」
幾重にも重なる光の輪の正体を、シイニは簡素に語っている。
「この光の輪の中心に合わせて、引き金を引けばいい」
シイニにそう教えられた、メイは彼の教える通りに行動をしてみることにした。
コクリ、とうなずいたかどうかも分からない。
かすかな動作のなかで、メイは引き金を引いていた。
激しい銃声が一つ、空間に響き渡る。
小さな銃口から放たれた魔力の塊が、怪物の骨めがけて回転を描きながら直進する。
紅色に輝く閃光が怪物の骨、顎の部分に炸裂した。
魔力によって作りだされた感触が、怪物の顎の部分を破壊していた。
「こわれた! キンシちゃん!」
命中をした感触は、実際に弾が当たる瞬間よりも以前に、メイの両腕の皮膚を撫で、骨を震動させていた。
顎を破壊すると同時に、メイは魔法使いの少女に起こすべき行動を叫ぼうとした。
幼い魔女が叫ぼうとしている。
彼女が喉を振動させるか、瞬間の瀬戸際のなかで魔法少女は、キンシは体を無重力の中に包み込ませていた。
地面を蹴り上げ、ふわりと浮かび上がる。
怪物の顎が破壊されたことを確認した、同時に重力の向きを一気に怪物の方に変えている。
落ちる、そのさなかでキンシは左目で怪物を見ている。
少女の左目、そこに埋めこまれている赤色の義眼が、怪物の決定的な要素を検索していた。
琥珀の義眼が探し求めていた、怪物の弱点は骨の下側、あばら骨と思わしき密集部分に光り輝いている。
「見つけた」
それだけの言葉を発した。
後には武器を構えて、落ちる方向に合わせて槍の穂先をその場所に沈み込ませるだけだった。
ガキィィンッ……!」
硬い物同士がぶつかり合い、一方が破壊される音色が空間に鳴り響いた。
キンシの繰り出した槍の一撃が、怪物のあばら骨を破壊していたのである。
骨の隙間、奥に眠るもの。
キンシは槍を握りしめる右手と左手のなかで、切っ先が心臓を破壊したことを感じ取っていた。
怪物が鳴き声を発している。
「ぁぁあぁ…… あ xsぁ」
悲鳴とも呼べそうにない、空気漏れのような音がどこかしら、隙間の辺りからこぼれ落ちていった。
…………。
怪物の生命活動が終了を迎えた。
キンシがそのことを実感していると、怪物だったものの肉が下に落ちていった。
浮遊するための魔力、それを運用するための器官が機能を停止した。
であれば、後に許されているのは星の重力に従った自然落下のみであった。
「うわわ、わ!」
落ちていく怪物の体に、キンシが巻き込まれないように体を離している。
脇腹のダメージはまだ鮮度を失っていない。
怪物を殺すためだけに集中していた意識は、その目的を喪失した途端に方向性を迷わせていた。
この損傷具合で地面と衝突をすれば、並大抵ならぬ苦痛が待ち構えているであろう。
予期する危険に、キンシが素早く身構えようとしている。
それは諦めにも近しい速度を持っていた。
キンシの体が怪物の死体と共に、アスファルトの上へと落下した。
ぐちゃり。
柔らかく湿ったもの、かすかに硬いものが地面に転げ落ちる音が響いた。
「……んぬー」
音を聞きながら、キンシはトゥーイの腕のなかで身を縮こまらせている。
落ちてきた少女の姿を、トゥーイが腕の中に抱え込んでいた。
落ちて、無事で済んだことがまだ理解しきれていないのか。
まるで借りてきた猫のように腕のなかで大人しくしている。
「うふ、うふふ……」
そんな魔法少女の様子をみて、メイが面白そうに微笑みをこぼしていた。
…………。
戦闘の場面が終わった。
「いやあー! お見事お見事! 素晴らしい戦闘だったよ」
そこに、シイニがようやく自らの存在を主張し始めていた。
子供用自転車の姿をした彼が、車輪をカラカラと回しながら、魔法使いたちの方に近づいてきている。
「シイニさん」
キンシがトゥーイの腕のなかで、自転車の彼の事を見ている。
「大丈夫でしたか? 先ほどの戦闘で、どこかお怪我はしていませんか?」
キンシが心配をしていると、シイニはなんてことも無さそうに己の無事を主張していた。
「手前は何も、何事も無く変わりなく。でございますよ」
シイニは自分の状況を簡単に説明しようとしている。
「ずっと隠れていたから、どこも怪我する必要はないですよ」
自転車の彼がそう説明をしている。
彼の言葉に、メイが違和感を覚えていた。




